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ご免なさんせ。
ご<ruby>免<rt>めん</rt></ruby>なさんせ。
ごめん なさんせ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら え、聞き分けてくださいましたか。
おむらえ、<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>き<ruby>分<rt>わ</rt></ruby>けてくださいましたか。
おむら え、 ききわけて くださいましたか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 親のねえ子は人一倍、赤の他人の親子を見ると、羨ましいやら嫉ましいやら。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>親<rt>おや</rt></ruby>のねえ<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>は<ruby>人一倍<rt>ひといちばい</rt></ruby>、<ruby>赤<rt>あか</rt></ruby>の<ruby>他人<rt>たにん</rt></ruby>の<ruby>親子<rt>おやこ</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ると、<ruby>羨<rt>うらや</rt></ruby>ましいやら<ruby>嫉<rt>ねた</rt></ruby>ましいやら。
ちゅーたろー おやの ねえ こわ ひといちばい、 あかの たにんの おやこを みると、 うらやましいやら ねたましいやら。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 (障子を開き駈け出る)哥児――哥児。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>(<ruby>障子<rt>しょうじ</rt></ruby>を<ruby>開<rt>ひら</rt></ruby>き<ruby>駈<rt>か</rt></ruby>け<ruby>出<rt>で</rt></ruby>る)<ruby>哥児<rt>あにい</rt></ruby>――<ruby>哥児<rt>あにい</rt></ruby>。
はんじろー (しょーじを ひらき かけでる) あにい -- あにい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 半次か――堅気になれ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>か――<ruby>堅気<rt>かたぎ</rt></ruby>になれ。
ちゅーたろー はんじか -- かたぎに なれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(去る)
(<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(さる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 哥児――とうとう、行っちゃったか。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby><ruby>哥児<rt>あにい</rt></ruby>――とうとう、<ruby>行<rt>い</rt></ruby>っちゃったか。
はんじろー あにい -- とーとー、 いっちゃったか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おぬい 兄さん、もうきょうから本当に堅気になってくれるんだろうねえ。
おぬい<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さん、もうきょうから<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>堅気<rt>かたぎ</rt></ruby>になってくれるんだろうねえ。
おぬい にいさん、 もー きょーから ほんとーに かたぎに なって くれるんだろーねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 (忠太郎を思い)す、すまねえ。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>(<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>を<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い)す、すまねえ。
はんじろー (ちゅーたろーを おもい) す、 すまねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら (垣に凭って忠太郎を見送る)半次郎や、今の人は親なし子かい。
おむら(<ruby>垣<rt>かき</rt></ruby>に<ruby>凭<rt>よ</rt></ruby>って<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>を<ruby>見送<rt>みおく</rt></ruby>る)<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>や、<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>は<ruby>親<rt>おや</rt></ruby>なし<ruby>子<rt>ご</rt></ruby>かい。
おむら (かきに よって ちゅーたろーを みおくる) はんじろーや、 いまの ひとわ おやなしごかい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 え? 忠太郎哥児のことか。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>え?<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>哥児<rt>あにい</rt></ruby>のことか。
はんじろー え? ちゅーたろー あにいの ことか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
あの人は五つの時に母親と、生き別れをしたんだそうだ。
あの<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>は<ruby>五<rt>いつ</rt></ruby>つの<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>に<ruby>母親<rt>ははおや</rt></ruby>と、<ruby>生<rt>い</rt></ruby>き<ruby>別<rt>わか</rt></ruby>れをしたんだそうだ。
あの ひとわ いつつの ときに ははおやと、 いきわかれを したんだそーだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 十二の時に死んだそうだ。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>十二の<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>に<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んだそうだ。
はんじろー 12の ときに しんだそーだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おぬい じゃあ一人きり、兄弟は。
おぬいじゃあ<ruby>一人<rt>ひとり</rt></ruby>きり、<ruby>兄弟<rt>きょうだい</rt></ruby>は。
おぬい じゃあ ひとりきり、 きょーだいわ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 それも無えといっていた。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>それも<ruby>無<rt>ね</rt></ruby>えといっていた。
はんじろー それも ねえと いって いた。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら そうかねえ――可哀そうに、淋しい気がするだろうねえ。
おむらそうかねえ――<ruby>可哀<rt>かわい</rt></ruby>そうに、<ruby>淋<rt>さび</rt></ruby>しい<ruby>気<rt>き</rt></ruby>がするだろうねえ。
おむら そーかねえ -- かわいそーに、 さびしい きが するだろーねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 ひがみかは知らねえが、親のある人を見ると、腹が立ったり悲しくなると、いつぞや染々いっていたっけ――今度おいらが家へ帰ったのも、忠太郎哥児に勧められたからだ。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>ひがみかは<ruby>知<rt>し</rt></ruby>らねえが、<ruby>親<rt>おや</rt></ruby>のある<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ると、<ruby>腹<rt>はら</rt></ruby>が<ruby>立<rt>た</rt></ruby>ったり<ruby>悲<rt>かな</rt></ruby>しくなると、いつぞや<ruby>染々<rt>しみじみ</rt></ruby>いっていたっけ――<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>おいらが<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>へ<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>ったのも、<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>哥児<rt>あにい</rt></ruby>に<ruby>勧<rt>すす</rt></ruby>められたからだ。
はんじろー ひがみかわ しらねえが、 おやの ある ひとを みると、 はらが たったり かなしく なると、 いつぞや しみじみ いって いたっけ -- こんど おいらが うちえ かえったのも、 ちゅーたろー あにいに すすめられたからだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
ここの門口までゆうべ一緒に来てくれた。
ここの<ruby>門口<rt>かどぐち</rt></ruby>までゆうべ<ruby>一緒<rt>いっしょ</rt></ruby>に<ruby>来<rt>き</rt></ruby>てくれた。
ここの かどぐちまで ゆーべ いっしょに きて くれた。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おぬい そんな事を、あの人も云っていたよ。
おぬいそんな<ruby>事<rt>こと</rt></ruby>を、あの<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>も<ruby>云<rt>い</rt></ruby>っていたよ。
おぬい そんな ことを、 あの ひとも いって いたよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら でも、おッかさんは何処かに居るのだろう。
おむらでも、おッかさんは<ruby>何処<rt>どこ</rt></ruby>かに<ruby>居<rt>い</rt></ruby>るのだろう。
おむら でも、 おっかさんわ どこかに いるのだろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 江戸にいるという噂だけで、居所が知れねえのだ、それに肝腎の名前だって、哥児はうろ憶えなんだ。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby><ruby>江戸<rt>えど</rt></ruby>にいるという<ruby>噂<rt>うわさ</rt></ruby>だけで、<ruby>居所<rt>いどころ</rt></ruby>が<ruby>知<rt>し</rt></ruby>れねえのだ、それに<ruby>肝腎<rt>かんじん</rt></ruby>の<ruby>名前<rt>なまえ</rt></ruby>だって、<ruby>哥児<rt>あにい</rt></ruby>はうろ<ruby>憶<rt>おぼ</rt></ruby>えなんだ。
はんじろー えどに いると いう うわさだけで、 いどころが しれねえのだ、 それに かんじんの なまえだって、 あにいわ うろおぼえなんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
尋ね探しても、判るかどうだか。
<ruby>尋<rt>たず</rt></ruby>ね<ruby>探<rt>さが</rt></ruby>しても、<ruby>判<rt>わか</rt></ruby>るかどうだか。
たずねさがしても、 わかるか どーだか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら それでは自棄も手伝って、荒っぽい渡世人にも成る筈だねえ。
おむらそれでは<ruby>自棄<rt>やけ</rt></ruby>も<ruby>手伝<rt>てつだ</rt></ruby>って、<ruby>荒<rt>あら</rt></ruby>っぽい<ruby>渡世人<rt>とせいにん</rt></ruby>にも<ruby>成<rt>な</rt></ruby>る<ruby>筈<rt>はず</rt></ruby>だねえ。
おむら それでわ やけも てつだって、 あらっぽい とせいにんにも なる はずだねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おぬい 兄さん、家へおはいりな。
おぬい<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さん、<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>へおはいりな。
おぬい にいさん、 うちえ おはいりな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
もし先刻の奴でも来るといけないよ。
もし<ruby>先刻<rt>さっき</rt></ruby>の<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>でも<ruby>来<rt>く</rt></ruby>るといけないよ。
もし さっきの やつでも くると いけないよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら こんなことがあるとは知らずに、さっき清兵衛さんに聞いてみたら、あすの夜明けに出る船で、川を上って途中から水戸街道へ入るがいい、万事心得たと云ってくれたが、半次郎、今夜の中に清兵衛さんの船へ、行っていたらどうだねえ。
おむらこんなことがあるとは<ruby>知<rt>し</rt></ruby>らずに、さっき<ruby>清兵衛<rt>せいべえ</rt></ruby>さんに<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>いてみたら、あすの<ruby>夜明<rt>よあ</rt></ruby>けに<ruby>出<rt>で</rt></ruby>る<ruby>船<rt>ふね</rt></ruby>で、<ruby>川<rt>かわ</rt></ruby>を<ruby>上<rt>のぼ</rt></ruby>って<ruby>途中<rt>とちゅう</rt></ruby>から<ruby>水戸<rt>みと</rt></ruby><ruby>街道<rt>かいどう</rt></ruby>へ<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>るがいい、<ruby>万事<rt>ばんじ</rt></ruby><ruby>心得<rt>こころえ</rt></ruby>たと<ruby>云<rt>い</rt></ruby>ってくれたが、<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>、<ruby>今夜<rt>こんや</rt></ruby>の<ruby>中<rt>うち</rt></ruby>に<ruby>清兵衛<rt>せいべえ</rt></ruby>さんの<ruby>船<rt>ふね</rt></ruby>へ、<ruby>行<rt>い</rt></ruby>っていたらどうだねえ。
おむら こんな ことが あるとわ しらずに、 さっき せいべえ さんに きいて みたら、 あすの よあけに でる ふねで、 かわを のぼって とちゅーから みと かいどーえ はいるが いい、 ばんじ こころえたと いって くれたが、 はんじろー、 こんやの うちに せいべえ さんの ふねえ、 いって いたら どーだねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おぬい そうすれば先刻の奴が、いくらやって来ても安心だから、兄さんそうしておくれ。
おぬいそうすれば<ruby>先刻<rt>さっき</rt></ruby>の<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>が、いくらやって<ruby>来<rt>き</rt></ruby>ても<ruby>安心<rt>あんしん</rt></ruby>だから、<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんそうしておくれ。
おぬい そー すれば さっきの やつが、 いくら やって きても あんしんだから、 にいさん そー して おくれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 (おむらに)そうします。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>(おむらに)そうします。
はんじろー (おむらに) そー します。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(おぬいに)心配させて済まねえなあ。
(おぬいに)<ruby>心配<rt>しんぱい</rt></ruby>させて<ruby>済<rt>す</rt></ruby>まねえなあ。
(おぬいに) しんぱい させて すまねえなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おぬい 那珂の湊の叔父さんの処で、兄さん本当に堅くなっておくれよ。
おぬい<ruby>那珂<rt>なか</rt></ruby>の<ruby>湊<rt>みなと</rt></ruby>の<ruby>叔父<rt>おじ</rt></ruby>さんの<ruby>処<rt>ところ</rt></ruby>で、<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さん<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>堅<rt>かた</rt></ruby>くなっておくれよ。
おぬい なかの みなとの おじさんの ところで、 にいさん ほんとーに かたく なって おくれよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 うむ。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>うむ。
はんじろー うむ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
二度とヤクザの路は振り返らねえ気だ。
二<ruby>度<rt>ど</rt></ruby>とヤクザの<ruby>路<rt>みち</rt></ruby>は<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>らねえ<ruby>気<rt>き</rt></ruby>だ。
2どと やくざの みちわ ふりかえらねえ きだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら さあ早く家へおはいり、支度もあるし立ち祝いに、心ばかりのこともしたいから。
おむらさあ<ruby>早<rt>はや</rt></ruby>く<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>へおはいり、<ruby>支度<rt>したく</rt></ruby>もあるし<ruby>立<rt>た</rt></ruby>ち<ruby>祝<rt>いわ</rt></ruby>いに、<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>ばかりのこともしたいから。
おむら さあ はやく うちえ おはいり、 したくも あるし たちいわいに、 こころばかりの ことも したいから。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
半次郎 おッかさん、苦労をかけて済みません。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>おッかさん、<ruby>苦労<rt>くろう</rt></ruby>をかけて<ruby>済<rt>す</rt></ruby>みません。
はんじろー おっかさん、 くろーを かけて すみません。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おむら、半次、おぬい、家へ入る。
おむら、<ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>、おぬい、<ruby>家<rt>いえ</rt></ruby>へ<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>る。
≪ おむら、 はんじ、 おぬい、 いええ はいる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
障子の内に行燈の灯がつく。
<ruby>障子<rt>しょうじ</rt></ruby>の<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>に<ruby>行燈<rt>あんどん</rt></ruby>の<ruby>灯<rt>ひ</rt></ruby>がつく。
しょーじの うちに あんどんの ひが つく ≪ ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八、七五郎、そッと来たり、垣根の内に入る。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>、<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>、そッと<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たり、<ruby>垣根<rt>かきね</rt></ruby>の<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>に<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>る。
きはち、 しちごろー、 そっと きたり、 かきねの うちに はいる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
その後から忠太郎が見え隠れに跟いて来ている。
その<ruby>後<rt>あと</rt></ruby>から<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>が<ruby>見<rt>み</rt></ruby>え<ruby>隠<rt>かく</rt></ruby>れに<ruby>跟<rt>つ</rt></ruby>いて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>ている。
その あとから ちゅーたろーが みえかくれに ついて きて いる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八 七、何があっても声を出すな。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>七<rt>しち</rt></ruby>、<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>があっても<ruby>声<rt>こえ</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>すな。
きはち しち、 なにが あっても こえを だすな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七五郎 うむ、判ってるよ。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>うむ、<ruby>判<rt>わか</rt></ruby>ってるよ。
しちごろー うむ、 わかってるよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八 (障子の外から、中の話し声を聞き取ろうとする)
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>(<ruby>障子<rt>しょうじ</rt></ruby>の<ruby>外<rt>そと</rt></ruby>から、<ruby>中<rt>なか</rt></ruby>の<ruby>話<rt>はな</rt></ruby>し<ruby>声<rt>ごえ</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>き<ruby>取<rt>と</rt></ruby>ろうとする)
きはち (しょーじの そとから、 なかの はなしごえを ききとろーと する)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七五郎 (時々、往来の方を振り向く、忠太郎はその都度隠れて姿を見せぬ)
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>(<ruby>時々<rt>ときどき</rt></ruby>、<ruby>往来<rt>おうらい</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>を<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>向<rt>む</rt></ruby>く、<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>はその<ruby>都度<rt>つど</rt></ruby><ruby>隠<rt>かく</rt></ruby>れて<ruby>姿<rt>すがた</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>せぬ)
しちごろー (ときどき、 おーらいの ほーを ふりむく、 ちゅーたろーわ その つど かくれて すがたを みせぬ)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八 (七五郎の傍へ来て)確かに野郎いるぜ。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>(<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>の<ruby>傍<rt>そば</rt></ruby>へ<ruby>来<rt>き</rt></ruby>て)<ruby>確<rt>たし</rt></ruby>かに<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>いるぜ。
きはち (しちごろーの そばえ きて) たしかに やろー いるぜ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七五郎 そうか。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>そうか。
しちごろー そーか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
踏ン込もう。
<ruby>踏<rt>ふ</rt></ruby>ン<ruby>込<rt>ご</rt></ruby>もう。
ふんごもー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(支度にかかる)
(<ruby>支度<rt>したく</rt></ruby>にかかる)
(したくに かかる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八 婆あや娘に血迷って傷をつけたといわれるのは厭だ、野郎をここへ呼び出してやッちまおう。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>あや<ruby>娘<rt>むすめ</rt></ruby>に<ruby>血迷<rt>ちまよ</rt></ruby>って<ruby>傷<rt>きず</rt></ruby>をつけたといわれるのは<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>だ、<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>をここへ<ruby>呼<rt>よ</rt></ruby>び<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>してやッちまおう。
きはち ばばあや むすめに ちまよって きずを つけたと いわれるのわ いやだ、 やろーを ここえ よびだして やっちまおー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(支度にかかる)
(<ruby>支度<rt>したく</rt></ruby>にかかる)
(したくに かかる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七五郎 娘だって婆あだって次手にやる分には仕方がねえじゃねえか。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>娘<rt>むすめ</rt></ruby>だって<ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>あだって<ruby>次手<rt>ついで</rt></ruby>にやる<ruby>分<rt>ぶん</rt></ruby>には<ruby>仕方<rt>しかた</rt></ruby>がねえじゃねえか。
しちごろー むすめだって ばばあだって ついでに やる ぶんにわ しかたが ねえじゃ ねえか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八 いよいよとなればその場次第、だれを斬っても構やしねえが、成るたけ評判のいいようにしとかねえと、それだけ俺達の売出しが遅れるからなあ。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>いよいよとなればその<ruby>場<rt>ば</rt></ruby><ruby>次第<rt>しだい</rt></ruby>、だれを<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>っても<ruby>構<rt>かま</rt></ruby>やしねえが、<ruby>成<rt>な</rt></ruby>るたけ<ruby>評判<rt>ひょうばん</rt></ruby>のいいようにしとかねえと、それだけ<ruby>俺達<rt>おれたち</rt></ruby>の<ruby>売出<rt>うりだ</rt></ruby>しが<ruby>遅<rt>おく</rt></ruby>れるからなあ。
きはち いよいよと なれば そのば しだい、 だれを きっても かまや しねえが、 なるたけ ひょーばんの いいよーに しとかねえと、 それだけ おれたちの うりだしが おくれるからなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七五郎 相変らずお前は軍師かぶれが強いなあ。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>相変<rt>あいかわ</rt></ruby>らずお<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>は<ruby>軍師<rt>ぐんし</rt></ruby>かぶれが<ruby>強<rt>つよ</rt></ruby>いなあ。
しちごろー あいかわらず おめえわ ぐんし かぶれが つよいなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八 当り前よ。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>当<rt>あた</rt></ruby>り<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>よ。
きはち あたりまえよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
何をするにも、軍略兵法という奴は大切だ。
<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>をするにも、<ruby>軍略<rt>ぐんりゃく</rt></ruby><ruby>兵法<rt>へいほう</rt></ruby>という<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>は<ruby>大切<rt>たいせつ</rt></ruby>だ。
なにを するにも、 ぐんりゃく へいほーと いう やつわ たいせつだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
でなくて、親分の株にありつけるものかい。
でなくて、<ruby>親分<rt>おやぶん</rt></ruby>の<ruby>株<rt>かぶ</rt></ruby>にありつけるものかい。
で なくて、 おやぶんの かぶに ありつける ものかい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七五郎 さあ、荷物はここへ纏めといた。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>さあ、<ruby>荷物<rt>にもつ</rt></ruby>はここへ<ruby>纏<rt>まと</rt></ruby>めといた。
しちごろー さあ、 にもつわ ここえ まとめといた。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喜八 そこなら、野郎を叩ッ斬っといてすッと持って行くのに丁度いい。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>そこなら、<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>を<ruby>叩<rt>たた</rt></ruby>ッ<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>っといてすッと<ruby>持<rt>も</rt></ruby>って<ruby>行<rt>い</rt></ruby>くのに<ruby>丁度<rt>ちょうど</rt></ruby>いい。
きはち そこなら、 やろーを たたっきっといて すっと もって いくのに ちょーど いい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七、そろそろ始めようか。
<ruby>七<rt>しち</rt></ruby>、そろそろ<ruby>始<rt>はじ</rt></ruby>めようか。
しち、 そろそろ はじめよーか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
七五郎 心得た。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>心得<rt>こころえ</rt></ruby>た。
しちごろー こころえた。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(障子の外から)金町の半次、さあ出てこい。
(<ruby>障子<rt>しょうじ</rt></ruby>の<ruby>外<rt>そと</rt></ruby>から)<ruby>金町<rt>かなまち</rt></ruby>の<ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>、さあ<ruby>出<rt>で</rt></ruby>てこい。
(しょーじの そとから) かなまちの はんじ、 さあ でて こい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
飯岡身内が尋ねて来た。
<ruby>飯岡<rt>いいおか</rt></ruby><ruby>身内<rt>みうち</rt></ruby>が<ruby>尋<rt>たず</rt></ruby>ねて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>た。
いいおか みうちが たずねて きた。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (竈の脇に来て潜む)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>竈<rt>かまど</rt></ruby>の<ruby>脇<rt>わき</rt></ruby>に<ruby>来<rt>き</rt></ruby>て<ruby>潜<rt>ひそ</rt></ruby>む)
ちゅーたろー (かまどの わきに きて ひそむ) ≪
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障子の内で、駆け出そうとする半次郎を、おむら母子が止める物音がする。
<ruby>障子<rt>しょうじ</rt></ruby>の<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>で、<ruby>駆<rt>か</rt></ruby>け<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>そうとする<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>を、おむら<ruby>母子<rt>ははこ</rt></ruby>が<ruby>止<rt>と</rt></ruby>める<ruby>物音<rt>ものおと</rt></ruby>がする。
しょーじの うちで、 かけだそーと する はんじろーを、 おむら ははこが とめる ものおとが する。
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喜八、七五郎は左右に別れ、足場をはかって待ち受ける。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>、<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>は<ruby>左右<rt>さゆう</rt></ruby>に<ruby>別<rt>わか</rt></ruby>れ、<ruby>足場<rt>あしば</rt></ruby>をはかって<ruby>待<rt>ま</rt></ruby>ち<ruby>受<rt>う</rt></ruby>ける。
きはち、 しちごろーわ さゆーに わかれ、 あしばを はかって まちうける
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やい来やがったのはだれだ。
やい<ruby>来<rt>き</rt></ruby>やがったのはだれだ。
やい きやがったのわ だれだ。
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喜八 飯岡身内の突き膝の喜八だ。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>飯岡<rt>いいおか</rt></ruby><ruby>身内<rt>みうち</rt></ruby>の<ruby>突<rt>つ</rt></ruby>き<ruby>膝<rt>ひざ</rt></ruby>の<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>だ。
きはち いいおか みうちの つきひざの きはちだ。
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七五郎 宮の七五郎の声を忘れたか。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>宮<rt>みや</rt></ruby>の<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>の<ruby>声<rt>こえ</rt></ruby>を<ruby>忘<rt>わす</rt></ruby>れたか。
しちごろー みやの しちごろーの こえを わすれたか。
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出てこい。
<ruby>出<rt>で</rt></ruby>てこい。
でて こい。
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おむら お前さん方、堅気になる気になった倅に、喧嘩を売るのはよしてください。
おむらお<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>さん<ruby>方<rt>がた</rt></ruby>、<ruby>堅気<rt>かたぎ</rt></ruby>になる<ruby>気<rt>き</rt></ruby>になった<ruby>倅<rt>せがれ</rt></ruby>に、<ruby>喧嘩<rt>けんか</rt></ruby>を<ruby>売<rt>う</rt></ruby>るのはよしてください。
おむら おまえさんがた、 かたぎに なる きに なった せがれに、 けんかを うるのわ よして ください。
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おぬい 後生です――後生です。
おぬい<ruby>後生<rt>ごしょう</rt></ruby>です――<ruby>後生<rt>ごしょう</rt></ruby>です。
おぬい ごしょーです -- ごしょーです。
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喜八 喧嘩? 冗談だろう。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>喧嘩<rt>けんか</rt></ruby>?<ruby>冗談<rt>じょうだん</rt></ruby>だろう。
きはち けんか? じょーだんだろー。
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喧嘩じゃねえ、もう少し理窟のついてることだ。
<ruby>喧嘩<rt>けんか</rt></ruby>じゃねえ、もう<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>し<ruby>理窟<rt>りくつ</rt></ruby>のついてることだ。
けんかじゃ ねえ、 もー すこし りくつの ついてる ことだ。
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七五郎 去年の二十三夜の晩に笹川の繁造が殺された、その仕返しだといやあがって飯岡の親分が、旭の町からの帰りがけに斬ってかかりやがったのは、半次、手前と旅にんの番場の忠太郎の野郎じゃねえか。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>去年<rt>きょねん</rt></ruby>の二十三<ruby>夜<rt>や</rt></ruby>の<ruby>晩<rt>ばん</rt></ruby>に<ruby>笹川<rt>ささがわ</rt></ruby>の<ruby>繁造<rt>しげぞう</rt></ruby>が<ruby>殺<rt>ころ</rt></ruby>された、その<ruby>仕返<rt>しかえ</rt></ruby>しだといやあがって<ruby>飯岡<rt>いいおか</rt></ruby>の<ruby>親分<rt>おやぶん</rt></ruby>が、<ruby>旭<rt>あさひ</rt></ruby>の<ruby>町<rt>まち</rt></ruby>からの<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>りがけに<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>ってかかりやがったのは、<ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>、<ruby>手前<rt>てめえ</rt></ruby>と<ruby>旅<rt>たび</rt></ruby>にんの<ruby>番場<rt>ばんば</rt></ruby>の<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>の<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>じゃねえか。
しちごろー きょねんの 23やの ばんに ささがわの しげぞーが ころされた、 その しかえしだと いやあがって いいおかの おやぶんが、 あさひの まちからの かえりがけに きって かかりやがったのわ、 はんじ、 てめえと たびにんの ばんばの ちゅーたろーの やろーじゃ ねえか。
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喜八 二人ともやにッこい腕前だから、親分は僅な掠り傷、友蔵、金四郎は死んだが、あとの三人はピンピンしてらあ。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>ともやにッこい<ruby>腕前<rt>うでまえ</rt></ruby>だから、<ruby>親分<rt>おやぶん</rt></ruby>は<ruby>僅<rt>わずか</rt></ruby>な<ruby>掠<rt>かす</rt></ruby>り<ruby>傷<rt>きず</rt></ruby>、<ruby>友蔵<rt>ともぞう</rt></ruby>、<ruby>金四郎<rt>きんしろう</rt></ruby>は<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んだが、あとの三<ruby>人<rt>にん</rt></ruby>はピンピンしてらあ。
きはち ふたりとも やにっこい うでまえだから、 おやぶんわ わずかな かすりきず、 ともぞー、 きんしろーわ しんだが、 あとの 3にんわ ぴんぴん してらあ。
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その敵討ちの役を買って出て来た俺達二人だ。
その<ruby>敵討<rt>かたきう</rt></ruby>ちの<ruby>役<rt>やく</rt></ruby>を<ruby>買<rt>か</rt></ruby>って<ruby>出<rt>で</rt></ruby>て<ruby>来<rt>き</rt></ruby>た<ruby>俺達<rt>おれたち</rt></ruby><ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>だ。
その かたきうちの やくを かって でて きた おれたち ふたりだ。
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半公、さあこっちへ出てこい。
<ruby>半公<rt>はんこう</rt></ruby>、さあこっちへ<ruby>出<rt>で</rt></ruby>てこい。
はんこー、 さあ こっちえ でて こい。
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七五郎 愚図愚図するとそこへ飛び込み、婆も娘も一緒くたに叩ッ斬るぞ。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>愚図愚図<rt>ぐずぐず</rt></ruby>するとそこへ<ruby>飛<rt>と</rt></ruby>び<ruby>込<rt>こ</rt></ruby>み、<ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>も<ruby>娘<rt>むすめ</rt></ruby>も<ruby>一緒<rt>いっしょ</rt></ruby>くたに<ruby>叩<rt>たた</rt></ruby>ッ<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>るぞ。
しちごろー ぐずぐず すると そこえ とびこみ、 ばばも むすめも いっしょくたに たたっきるぞ。
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命をとるかとられるか、そうする外に途がねえんだ。
<ruby>命<rt>いのち</rt></ruby>をとるかとられるか、そうする<ruby>外<rt>ほか</rt></ruby>に<ruby>途<rt>みち</rt></ruby>がねえんだ。
いのちを とるか とられるか、 そー する ほかに みちが ねえんだ。
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手前達も男なら、お袋や妹には何もするなよ。
<ruby>手前達<rt>てめえたち</rt></ruby>も<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>なら、お<ruby>袋<rt>ふくろ</rt></ruby>や<ruby>妹<rt>いもうと</rt></ruby>には<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>もするなよ。
てめえたちも おとこなら、 おふくろや いもーとにわ なにも するなよ。
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喜八 自裂ッたくならねえ内は大丈夫請合っとくから、今の内に討たれに出て来い。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>自裂<rt>じれ</rt></ruby>ッたくならねえ<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>は<ruby>大丈夫<rt>だいじょうぶ</rt></ruby><ruby>請合<rt>うけあ</rt></ruby>っとくから、<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>の<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>に<ruby>討<rt>う</rt></ruby>たれに<ruby>出<rt>で</rt></ruby>て<ruby>来<rt>こ</rt></ruby>い。
きはち じれったく ならねえ うちわ だいじょーぶ うけあっとくから、 いまの うちに うたれに でて こい。
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半次郎 行くとも、俺も男だ。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby><ruby>行<rt>い</rt></ruby>くとも、<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>も<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>だ。
はんじろー いくとも、 おれも おとこだ。
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(母子を振り払って前へ進む)
(<ruby>母子<rt>ははこ</rt></ruby>を<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>払<rt>はら</rt></ruby>って<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>へ<ruby>進<rt>すす</rt></ruby>む)
(ははこを ふりはらって まええ すすむ)
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おむら (おぬいと共に、泣きつつ、相倚り相抱いて、母屋の軒下にありて、身を悶える)
おむら(おぬいと<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に、<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>きつつ、<ruby>相倚<rt>あいよ</rt></ruby>り<ruby>相抱<rt>あいいだ</rt></ruby>いて、<ruby>母屋<rt>おもや</rt></ruby>の<ruby>軒下<rt>のきした</rt></ruby>にありて、<ruby>身<rt>み</rt></ruby>を<ruby>悶<rt>もだ</rt></ruby>える)
おむら (おぬいと ともに、 なきつつ、 あいより あいいだいて、 おもやの のきしたに ありて、 みを もだえる)
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忠太郎 喜八、七五郎、此方を向けッ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>、<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>、<ruby>此方<rt>こっち</rt></ruby>を<ruby>向<rt>む</rt></ruby>けッ。
ちゅーたろー きはち、 しちごろー、 こっちを むけっ。
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七五郎 何だと。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だと。
しちごろー なんだと。
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(振り向く)やッ忠太だな。
(<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>向<rt>む</rt></ruby>く)やッ<ruby>忠太<rt>ちゅうた</rt></ruby>だな。
(ふりむく) やっ ちゅーただな。
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半次郎 おお哥児か。
<ruby>半次郎<rt>はんじろう</rt></ruby>おお<ruby>哥児<rt>あにい</rt></ruby>か。
はんじろー おお あにいか。
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おむら (おぬいと共に驚きながら一縷の望みを得て喜ぶ)
おむら(おぬいと<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に<ruby>驚<rt>おどろ</rt></ruby>きながら<ruby>一縷<rt>いちる</rt></ruby>の<ruby>望<rt>のぞ</rt></ruby>みを<ruby>得<rt>え</rt></ruby>て<ruby>喜<rt>よろこ</rt></ruby>ぶ)
おむら (おぬいと ともに おどろきながら いちるの のぞみを えて よろこぶ)
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喜八 こいつは一石二鳥という手で、飛んだ拾い物になりそうだ。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>こいつは一<ruby>石<rt>せき</rt></ruby>二<ruby>鳥<rt>ちょう</rt></ruby>という<ruby>手<rt>て</rt></ruby>で、<ruby>飛<rt>と</rt></ruby>んだ<ruby>拾<rt>ひろ</rt></ruby>い<ruby>物<rt>もの</rt></ruby>になりそうだ。
きはち こいつわ 1せき 2ちょーと いう てで、 とんだ ひろいものに なりそーだ。
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手前達も二人俺達も二人、一騎打ちだ、威勢よくやろう。
<ruby>手前達<rt>てめえたち</rt></ruby>も<ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby><ruby>俺達<rt>おれたち</rt></ruby>も<ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>、一<ruby>騎打<rt>きう</rt></ruby>ちだ、<ruby>威勢<rt>いせい</rt></ruby>よくやろう。
てめえたちも ふたり おれたちも ふたり、 1きうちだ、 いせい よく やろー。
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忠太郎 一騎打ちなんぞさせるものか。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>一<ruby>騎打<rt>きう</rt></ruby>ちなんぞさせるものか。
ちゅーたろー 1きうちなんぞ させる ものか。
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二人一緒にかかって来い。
<ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby><ruby>一緒<rt>いっしょ</rt></ruby>にかかって<ruby>来<rt>こ</rt></ruby>い。
ふたり いっしょに かかって こい。
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七五郎 生意気な野郎だ。
<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby><ruby>生意気<rt>なまいき</rt></ruby>な<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>だ。
しちごろー なまいきな やろーだ。
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手前から先へ睡むらしてくれらあ。
<ruby>手前<rt>てめえ</rt></ruby>から<ruby>先<rt>さき</rt></ruby>へ<ruby>睡<rt>ね</rt></ruby>むらしてくれらあ。
てめえから さきえ ねむらして くれらあ。
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(忠太郎に斬ってかかる)
(<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>に<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>ってかかる)
(ちゅーたろーに きって かかる)
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喜八 野郎ッ。
<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby><ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>ッ。
きはち やろーっ。
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(半次に斬りかかる)
(<ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>に<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>りかかる)
(はんじに きりかかる) ≪
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おむら母子は半次を気遣う。
おむら<ruby>母子<rt>ははこ</rt></ruby>は<ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>を<ruby>気遣<rt>きづか</rt></ruby>う。
おむら ははこわ はんじを きづかう。
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半次は喜八に腕が劣っている。
<ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>は<ruby>喜八<rt>きはち</rt></ruby>に<ruby>腕<rt>うで</rt></ruby>が<ruby>劣<rt>おと</rt></ruby>っている。
はんじわ きはちに うでが おとって いる ≪
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忠太郎 そら来たッ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>そら<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たッ。
ちゅーたろー そら きたっ。
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(七五郎を斬り仆し)半次、その野郎を俺に貸せ。
(<ruby>七五郎<rt>しちごろう</rt></ruby>を<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>り<ruby>仆<rt>たお</rt></ruby>し)<ruby>半次<rt>はんじ</rt></ruby>、その<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>を<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>に<ruby>貸<rt>か</rt></ruby>せ。
(しちごろーを きりたおし) はんじ、 その やろーを おれに かせ。
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