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老婆 ございましたが訳があって、余所へやったまま、今では生き死もわかりません。
<ruby>老婆<rt>ろうば</rt></ruby>ございましたが<ruby>訳<rt>わけ</rt></ruby>があって、<ruby>余所<rt>よそ</rt></ruby>へやったまま、<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>では<ruby>生<rt>い</rt></ruby>き<ruby>死<rt>しに</rt></ruby>もわかりません。
ろーば ございましたが わけが あって、 よそえ やった まま、 いまでわ いきしにも わかりません。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
亭主には死別れ、お恥しいこんな姿で、やッとその日をカツカツ送っております。
<ruby>亭主<rt>ていしゅ</rt></ruby>には<ruby>死別<rt>しにわか</rt></ruby>れ、お<ruby>恥<rt>はずか</rt></ruby>しいこんな<ruby>姿<rt>すがた</rt></ruby>で、やッとその<ruby>日<rt>ひ</rt></ruby>をカツカツ<ruby>送<rt>おく</rt></ruby>っております。
ていしゅにわ しにわかれ、 おはずかしい こんな すがたで、 やっと その ひを かつかつ おくって おります。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (もしや探しあぐねている母かと思い)余所へやったその子は、何という名前だね。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(もしや<ruby>探<rt>さが</rt></ruby>しあぐねている<ruby>母<rt>はは</rt></ruby>かと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い)<ruby>余所<rt>よそ</rt></ruby>へやったその<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>は、<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>という<ruby>名前<rt>なまえ</rt></ruby>だね。
ちゅーたろー (もしや さがしあぐねて いる ははかと おもい) よそえ やった その こわ、 なんと いう なまえだね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
老婆 (我が子のたよりかと喜び)あ、あなたは幸太郎のことをご存じのお方か。
<ruby>老婆<rt>ろうば</rt></ruby>(<ruby>我<rt>わ</rt></ruby>が<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>のたよりかと<ruby>喜<rt>よろこ</rt></ruby>び)あ、あなたは<ruby>幸太郎<rt>こうたろう</rt></ruby>のことをご<ruby>存<rt>ぞん</rt></ruby>じのお<ruby>方<rt>かた</rt></ruby>か。
ろーば (わが この たよりかと よろこび) あ、 あなたわ こーたろーの ことを ごぞんじの おかたか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 幸太郎といいなさるのか。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>幸太郎<rt>こうたろう</rt></ruby>といいなさるのか。
ちゅーたろー こーたろーと いいなさるのか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
それじゃ矢ッ張り違っていた。
それじゃ<ruby>矢<rt>や</rt></ruby>ッ<ruby>張<rt>ぱ</rt></ruby>り<ruby>違<rt>ちが</rt></ruby>っていた。
それじゃ やっぱり ちがって いた。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
老婆 (涙声で)左様でございましたか。
<ruby>老婆<rt>ろうば</rt></ruby>(<ruby>涙声<rt>なみだごえ</rt></ruby>で)<ruby>左様<rt>さよう</rt></ruby>でございましたか。
ろーば (なみだごえで) さよーで ございましたか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (もしやと思い試みに)お婆さんは若い時に、江州の方へ行ってやしなかったか。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(もしやと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>試<rt>こころ</rt></ruby>みに)お<ruby>婆<rt>ばあ</rt></ruby>さんは<ruby>若<rt>わか</rt></ruby>い<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>に、<ruby>江州<rt>ごうしゅう</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>へ<ruby>行<rt>い</rt></ruby>ってやしなかったか。
ちゅーたろー (もしやと おもい こころみに) おばあさんわ わかい ときに、 ごーしゅーの ほーえ いってや しなかったか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
老婆 (失望を深く覚って)いいえ。
<ruby>老婆<rt>ろうば</rt></ruby>(<ruby>失望<rt>しつぼう</rt></ruby>を<ruby>深<rt>ふか</rt></ruby>く<ruby>覚<rt>さと</rt></ruby>って)いいえ。
ろーば (しつぼーを ふかく さとって) いいえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
わたくしは江戸ばかり、川崎から先は一向に。
わたくしは<ruby>江戸<rt>えど</rt></ruby>ばかり、<ruby>川崎<rt>かわさき</rt></ruby>から<ruby>先<rt>さき</rt></ruby>は<ruby>一向<rt>いっこう</rt></ruby>に。
わたくしわ えどばかり、 かわさきから さきわ いっこーに。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 そうか――お婆さん、気を落さずにいるがいいぜ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>そうか――お<ruby>婆<rt>ばあ</rt></ruby>さん、<ruby>気<rt>き</rt></ruby>を<ruby>落<rt>おと</rt></ruby>さずにいるがいいぜ。
ちゅーたろー そーか -- おばあさん、 きを おとさずに いるが いいぜ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
今に屹と、息子が名乗ってくるだろう。
<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>に<ruby>屹<rt>きっ</rt></ruby>と、<ruby>息子<rt>むすこ</rt></ruby>が<ruby>名乗<rt>なの</rt></ruby>ってくるだろう。
いまに きっと、 むすこが なのって くるだろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
また見かけたらあげるが、今夜はこれだけ(金をやる)あげますよ。
また<ruby>見<rt>み</rt></ruby>かけたらあげるが、<ruby>今夜<rt>こんや</rt></ruby>はこれだけ(<ruby>金<rt>かね</rt></ruby>をやる)あげますよ。
また みかけたら あげるが、 こんやわ これだけ (かねを やる) あげますよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
老婆 有難う存じます。
<ruby>老婆<rt>ろうば</rt></ruby><ruby>有難<rt>ありがと</rt></ruby>う<ruby>存<rt>ぞん</rt></ruby>じます。
ろーば ありがとー ぞんじます。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おや、これは一|朱でございます、こんなに頂いていいのでしょうか。
おや、これは一<ruby>朱<rt>しゅ</rt></ruby>でございます、こんなに<ruby>頂<rt>いただ</rt></ruby>いていいのでしょうか。
おや、 これわ 1しゅで ございます、 こんなに いただいて いいのでしょーか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 いいんだとも取っておきねえ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>いいんだとも<ruby>取<rt>と</rt></ruby>っておきねえ。
ちゅーたろー いいんだとも とって おきねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(歩いて少し、思わず立ちどまる)
(<ruby>歩<rt>ある</rt></ruby>いて<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>し、<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>わず<ruby>立<rt>た</rt></ruby>ちどまる)
(あるいて すこし、 おもわず たちどまる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
老婆 (頭を幾度か下げ、三味線を弾く)
<ruby>老婆<rt>ろうば</rt></ruby>(<ruby>頭<rt>あたま</rt></ruby>を<ruby>幾度<rt>いくど</rt></ruby>か<ruby>下<rt>さ</rt></ruby>げ、<ruby>三味線<rt>しゃみせん</rt></ruby>を<ruby>弾<rt>ひ</rt></ruby>く)
ろーば (あたまを いくどか さげ、 しゃみせんを ひく)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (的もなく、母探しにまた歩き出す)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>的<rt>あて</rt></ruby>もなく、<ruby>母探<rt>ははさが</rt></ruby>しにまた<ruby>歩<rt>ある</rt></ruby>き<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>す)
ちゅーたろー (あても なく、 ははさがしに また あるきだす)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
第三場 冬の夜の街
<ruby>第<rt>だい</rt></ruby>三<ruby>場<rt>ば</rt></ruby><ruby>冬<rt>ふゆ</rt></ruby>の<ruby>夜<rt>よ</rt></ruby>の<ruby>街<rt>まち</rt></ruby>
だい3ば ふゆの よの まち
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
江戸の、とある街。
<ruby>江戸<rt>えど</rt></ruby>の、とある<ruby>街<rt>まち</rt></ruby>。
≪ えどの、 とある まち。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
真黒い冬の夜。
<ruby>真黒<rt>まっくろ</rt></ruby>い<ruby>冬<rt>ふゆ</rt></ruby>の<ruby>夜<rt>よ</rt></ruby>。
まっくろい ふゆの よ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
辻番所が半分だけ見える。
<ruby>辻番所<rt>つじばんしょ</rt></ruby>が<ruby>半分<rt>はんぶん</rt></ruby>だけ<ruby>見<rt>み</rt></ruby>える。
つじばんしょが はんぶんだけ みえる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
中くらいの商人の母が、杖をつき提灯をさげて通る。
<ruby>中<rt>ちゅう</rt></ruby>くらいの<ruby>商人<rt>しょうにん</rt></ruby>の<ruby>母<rt>はは</rt></ruby>が、<ruby>杖<rt>つえ</rt></ruby>をつき<ruby>提灯<rt>ちょうちん</rt></ruby>をさげて<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>る。
ちゅーくらいの しょーにんの ははが、 つえを つき ちょーちんを さげて とおる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
その息子が後から急いで追いつく。
その<ruby>息子<rt>むすこ</rt></ruby>が<ruby>後<rt>うしろ</rt></ruby>から<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>いで<ruby>追<rt>お</rt></ruby>いつく。
その むすこが うしろから いそいで おいつく ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
商人 おッかさんおッかさん、おッかさんてば。
<ruby>商人<rt>しょうにん</rt></ruby>おッかさんおッかさん、おッかさんてば。
しょーにん おっかさん おっかさん、 おっかさんてば。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
母親 おうおう直ちゃんか。
<ruby>母親<rt>ははおや</rt></ruby>おうおう<ruby>直<rt>なお</rt></ruby>ちゃんか。
ははおや おー おー なおちゃんか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
もう帰ってきたのかい、寒かったろう。
もう<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>ってきたのかい、<ruby>寒<rt>さむ</rt></ruby>かったろう。
もー かえって きたのかい、 さむかったろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
商人 思いの外早かったでしょう。
<ruby>商人<rt>しょうにん</rt></ruby><ruby>思<rt>おも</rt></ruby>いの<ruby>外<rt>ほか</rt></ruby><ruby>早<rt>はや</rt></ruby>かったでしょう。
しょーにん おもいの ほか はやかったでしょー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
今夜の手品は面白かったろう。
<ruby>今夜<rt>こんや</rt></ruby>の<ruby>手品<rt>てじな</rt></ruby>は<ruby>面白<rt>おもしろ</rt></ruby>かったろう。
こんやの てじなわ おもしろかったろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
母親 ああ面白かったよ。
<ruby>母親<rt>ははおや</rt></ruby>ああ<ruby>面白<rt>おもしろ</rt></ruby>かったよ。
ははおや ああ おもしろかったよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
あすの晩はあたしが留守番をするから、お前達夫婦で行っておいでよ。
あすの<ruby>晩<rt>ばん</rt></ruby>はあたしが<ruby>留守番<rt>るすばん</rt></ruby>をするから、お<ruby>前達<rt>まえたち</rt></ruby><ruby>夫婦<rt>ふうふ</rt></ruby>で<ruby>行<rt>い</rt></ruby>っておいでよ。
あすの ばんわ あたしが るすばんを するから、 おまえたち ふーふで いって おいでよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
商人 そんなに面白かったんですか、よかったねおッかさん。
<ruby>商人<rt>しょうにん</rt></ruby>そんなに<ruby>面白<rt>おもしろ</rt></ruby>かったんですか、よかったねおッかさん。
しょーにん そんなに おもしろかったんですか、 よかったね おっかさん。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おぶって行ってあげましょうか。
おぶって<ruby>行<rt>い</rt></ruby>ってあげましょうか。
おぶって いって あげましょーか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
母親 有難いけれど、若い者がみっともない、わたしはボツボツ歩くからいいよ。
<ruby>母親<rt>ははおや</rt></ruby><ruby>有難<rt>ありがた</rt></ruby>いけれど、<ruby>若<rt>わか</rt></ruby>い<ruby>者<rt>もの</rt></ruby>がみっともない、わたしはボツボツ<ruby>歩<rt>ある</rt></ruby>くからいいよ。
ははおや ありがたいけれど、 わかい ものが みっともない、 わたしわ ぼつぼつ あるくから いいよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
商人 構やしませんよ夜ですもの。
<ruby>商人<rt>しょうにん</rt></ruby><ruby>構<rt>かま</rt></ruby>やしませんよ<ruby>夜<rt>よる</rt></ruby>ですもの。
しょーにん かまや しませんよ よるですもの。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
夜でなくたって子が親をおぶって行くのに、笑う人があるもんですか。
<ruby>夜<rt>よる</rt></ruby>でなくたって<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>が<ruby>親<rt>おや</rt></ruby>をおぶって<ruby>行<rt>い</rt></ruby>くのに、<ruby>笑<rt>わら</rt></ruby>う<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>があるもんですか。
よるで なくたって こが おやを おぶって いくのに、 わらう ひとが ある もんですか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おッかさん老いては子に従えですよ。
おッかさん<ruby>老<rt>お</rt></ruby>いては<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>に<ruby>従<rt>したが</rt></ruby>えですよ。
おっかさん おいてわ こに したがえですよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
倅のいう事を聞かないと叱られますとさ。
<ruby>倅<rt>せがれ</rt></ruby>のいう<ruby>事<rt>こと</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>かないと<ruby>叱<rt>しか</rt></ruby>られますとさ。
せがれの いう ことを きかないと しかられますとさ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
番場の忠太郎、頬冠りをして通りかかり、佇んで見ている。
<ruby>番場<rt>ばんば</rt></ruby>の<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>、<ruby>頬冠<rt>ほおかむ</rt></ruby>りをして<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>りかかり、<ruby>佇<rt>たたず</rt></ruby>んで<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ている。
≪ ばんばの ちゅーたろー、 ほおかむりを して とおりかかり、 たたずんで みて いる
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
息子に叱られては怖いから、それではおぶって貰おうかしら。
<ruby>息子<rt>むすこ</rt></ruby>に<ruby>叱<rt>しか</rt></ruby>られては<ruby>怖<rt>こわ</rt></ruby>いから、それではおぶって<ruby>貰<rt>もら</rt></ruby>おうかしら。
むすこに しかられてわ こわいから、 それでわ おぶって もらおーかしら。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
商人 それがようござんす。
<ruby>商人<rt>しょうにん</rt></ruby>それがようござんす。
しょーにん それが よー ござんす。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おッかさんなんか軽いのだもの、何でもありゃしませんよ。
おッかさんなんか<ruby>軽<rt>かる</rt></ruby>いのだもの、<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>でもありゃしませんよ。
おっかさんなんか かるいのだもの、 なんでも ありゃ しませんよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おッかさん寒かったらわたしの肩の処へ顔を押ッ付けるとようござんすよ。
おッかさん<ruby>寒<rt>さむ</rt></ruby>かったらわたしの<ruby>肩<rt>かた</rt></ruby>の<ruby>処<rt>ところ</rt></ruby>へ<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>押<rt>お</rt></ruby>ッ<ruby>付<rt>つ</rt></ruby>けるとようござんすよ。
おっかさん さむかったら わたしの かたの ところえ かおを おっつけると よー ござんすよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (母子を見送り、羨望に耐えず)仕合せな、お袋さん、息子さんだ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>母子<rt>ははこ</rt></ruby>を<ruby>見送<rt>みおく</rt></ruby>り、<ruby>羨望<rt>せんぼう</rt></ruby>に<ruby>耐<rt>た</rt></ruby>えず)<ruby>仕合<rt>しあわ</rt></ruby>せな、お<ruby>袋<rt>ふくろ</rt></ruby>さん、<ruby>息子<rt>むすこ</rt></ruby>さんだ。
ちゅーたろー (ははこを みおくり、 せんぼーに たえず) しあわせな、 おふくろさん、 むすこさんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(口の中で)羨ましいなあ。
(<ruby>口<rt>くち</rt></ruby>の<ruby>中<rt>なか</rt></ruby>で)<ruby>羨<rt>うらや</rt></ruby>ましいなあ。
(くちの なかで) うらやましいなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
〔大詰〕
〔<ruby>大詰<rt>おおづめ</rt></ruby>〕
「おおづめ」
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
第一場 柳橋水熊横丁
<ruby>第<rt>だい</rt></ruby>一<ruby>場<rt>ば</rt></ruby><ruby>柳橋<rt>やなぎばし</rt></ruby><ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby><ruby>横丁<rt>よこちょう</rt></ruby>
だい1ば やなぎばし みずくま よこちょー
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
嘉永二年の秋やや深き頃――前の幕の翌年。
<ruby>嘉永<rt>かえい</rt></ruby>二<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>の<ruby>秋<rt>あき</rt></ruby>やや<ruby>深<rt>ふか</rt></ruby>き<ruby>頃<rt>ころ</rt></ruby>――<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>の<ruby>幕<rt>まく</rt></ruby>の<ruby>翌年<rt>よくねん</rt></ruby>。
≪ かえい 2ねんの あき やや ふかき ころ -- まえの まくの よくねん。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
柳橋の料理茶屋水熊の横手。
<ruby>柳橋<rt>やなぎばし</rt></ruby>の<ruby>料理茶屋<rt>りょうりぢゃや</rt></ruby><ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>横手<rt>よこて</rt></ruby>。
やなぎばしの りょーりぢゃや みずくまの よこて。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
黒板塀(板割、丈が並より高い)右手寄りに水熊の台所の出入口、左手寄りに白壁の土蔵、柳の木がどこかに植わっていて前の場との相違を明快にする。
<ruby>黒板塀<rt>くろいたべい</rt></ruby>(<ruby>板割<rt>いたわり</rt></ruby>、<ruby>丈<rt>たけ</rt></ruby>が<ruby>並<rt>なみ</rt></ruby>より<ruby>高<rt>たか</rt></ruby>い)<ruby>右手寄<rt>みぎてよ</rt></ruby>りに<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>台所<rt>だいどころ</rt></ruby>の<ruby>出入口<rt>でいりぐち</rt></ruby>、<ruby>左手寄<rt>ひだりてよ</rt></ruby>りに<ruby>白壁<rt>しらかべ</rt></ruby>の<ruby>土蔵<rt>どぞう</rt></ruby>、<ruby>柳<rt>やなぎ</rt></ruby>の<ruby>木<rt>き</rt></ruby>がどこかに<ruby>植<rt>う</rt></ruby>わっていて<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>の<ruby>場<rt>ば</rt></ruby>との<ruby>相違<rt>そうい</rt></ruby>を<ruby>明快<rt>めいかい</rt></ruby>にする。
くろいたべい(いたわり、 たけが なみより たかい) みぎてよりに みずくまの だいどころの でいりぐち、 ひだりてよりに しらかべの どぞー、 やなぎの きが どこかに うわって いて まえの ばとの そーいを めいかいに する。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら(五十余歳)夜鷹が出来なくなって困窮している水熊の女主人の元の知人。
おとら(五十<ruby>余歳<rt>よさい</rt></ruby>)<ruby>夜鷹<rt>よたか</rt></ruby>が<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>なくなって<ruby>困窮<rt>こんきゅう</rt></ruby>している<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>女<rt>おんな</rt></ruby><ruby>主人<rt>しゅじん</rt></ruby>の<ruby>元<rt>もと</rt></ruby>の<ruby>知人<rt>ちじん</rt></ruby>。
おとら(50よさい) よたかが できなく なって こんきゅー して いる みずくまの おんな しゅじんの もとの ちじん。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
破れた番傘を担ぎ、うしろ向きに水熊の台所口に立ち、裾の方だけ見える。
<ruby>破<rt>やぶ</rt></ruby>れた<ruby>番傘<rt>ばんがさ</rt></ruby>を<ruby>担<rt>かつ</rt></ruby>ぎ、うしろ<ruby>向<rt>む</rt></ruby>きに<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>台所口<rt>だいどころぐち</rt></ruby>に<ruby>立<rt>た</rt></ruby>ち、<ruby>裾<rt>すそ</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>だけ<ruby>見<rt>み</rt></ruby>える。
やぶれた ばんがさを かつぎ、 うしろむきに みずくまの だいどころぐちに たち、 すその ほーだけ みえる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お詣りに行く芸者三吉、およつ、相合傘で通る。
お<ruby>詣<rt>まい</rt></ruby>りに<ruby>行<rt>い</rt></ruby>く<ruby>芸者<rt>げいしゃ</rt></ruby><ruby>三吉<rt>さんきち</rt></ruby>、およつ、<ruby>相合傘<rt>あいあいがさ</rt></ruby>で<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>る。
おまいりに いく げいしゃ さんきち、 およつ、 あいあいがさで とおる
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
三吉 (口三味線で何かおよつに移している)
<ruby>三吉<rt>さんきち</rt></ruby>(<ruby>口三味線<rt>くちじゃみせん</rt></ruby>で<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>かおよつに<ruby>移<rt>うつ</rt></ruby>している)
≪ さんきち (くちじゃみせんで なにか およつに うつして いる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
およつ (首を振って節を繰り返している)
およつ(<ruby>首<rt>くび</rt></ruby>を<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>って<ruby>節<rt>ふし</rt></ruby>を<ruby>繰<rt>く</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>している)
およつ (くびを ふって ふしを くりかえして いる
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
三吉 (気がついて傘の外に手を出し)あら、やんでるわ。
<ruby>三吉<rt>さんきち</rt></ruby>(<ruby>気<rt>き</rt></ruby>がついて<ruby>傘<rt>かさ</rt></ruby>の<ruby>外<rt>そと</rt></ruby>に<ruby>手<rt>て</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>し)あら、やんでるわ。
( さんきち (きが ついて かさの そとに てを だし) あら、 やんでるわ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(傘をつぼめる)
(<ruby>傘<rt>かさ</rt></ruby>をつぼめる)
(かさを つぼめる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
およつ ああら、お天道様が顔を見せてるじゃないの。
およつああら、お<ruby>天道様<rt>てんとうさま</rt></ruby>が<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>せてるじゃないの。
およつ ああら、 おてんとーさまが かおを みせてるじゃ ないの。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(続けて唄を繰り返す)
(<ruby>続<rt>つづ</rt></ruby>けて<ruby>唄<rt>うた</rt></ruby>を<ruby>繰<rt>く</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>す)
(つづけて うたを くりかえす
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
三吉 (傘を指で弾き拍子をとり、口三味線をつづけ、およつと共に去る)
<ruby>三吉<rt>さんきち</rt></ruby>(<ruby>傘<rt>かさ</rt></ruby>を<ruby>指<rt>ゆび</rt></ruby>で<ruby>弾<rt>はじ</rt></ruby>き<ruby>拍子<rt>ひょうし</rt></ruby>をとり、<ruby>口三味線<rt>くちじゃみせん</rt></ruby>をつづけ、およつと<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
( さんきち (かさを ゆびで はじき ひょーしを とり、 くちじゃみせんを つづけ、 およつと ともに さる) ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
魚屋熊、同じく北、めいめい天秤で荷を担ぎ、三吉、およつと摺れ違う。
<ruby>魚屋<rt>さかなや</rt></ruby><ruby>熊<rt>くま</rt></ruby>、<ruby>同<rt>おな</rt></ruby>じく<ruby>北<rt>きた</rt></ruby>、めいめい<ruby>天秤<rt>てんびん</rt></ruby>で<ruby>荷<rt>に</rt></ruby>を<ruby>担<rt>かつ</rt></ruby>ぎ、<ruby>三吉<rt>さんきち</rt></ruby>、およつと<ruby>摺<rt>す</rt></ruby>れ<ruby>違<rt>ちが</rt></ruby>う。
さかなや くま、 おなじく きた、 めいめい てんびんで にを かつぎ、 さんきち、 およつと すれちがう
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魚北 (後から振り返って、拳固で鼻を鳴らす)ちえッ、業平様のお通りに気が付きゃがらねえ。
<ruby>魚北<rt>うおきた</rt></ruby>(<ruby>後<rt>うしろ</rt></ruby>から<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>って、<ruby>拳固<rt>げんこ</rt></ruby>で<ruby>鼻<rt>はな</rt></ruby>を<ruby>鳴<rt>な</rt></ruby>らす)ちえッ、<ruby>業平様<rt>なりひらさま</rt></ruby>のお<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>りに<ruby>気<rt>き</rt></ruby>が<ruby>付<rt>つ</rt></ruby>きゃがらねえ。
≪ うおきた (うしろから ふりかえって、 げんこで はなを ならす) ちえっ、 なりひらさまの おとおりに きが つきゃがらねえ。
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魚熊 (先に立っている。
<ruby>魚熊<rt>うおくま</rt></ruby>(<ruby>先<rt>さき</rt></ruby>に<ruby>立<rt>た</rt></ruby>っている。
うおくま (さきに たって いる。
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魚北を振り返り)そんな面の業平は当節はやらねえ。
<ruby>魚北<rt>うおきた</rt></ruby>を<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>り)そんな<ruby>面<rt>つら</rt></ruby>の<ruby>業平<rt>なりひら</rt></ruby>は<ruby>当節<rt>とうせつ</rt></ruby>はやらねえ。
うおきたを ふりかえり) そんな つらの なりひらわ とーせつ はやらねえ。
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(と云いかけて素盲の金五郎を見かけ、厭な顔で頭を下げる)
(と<ruby>云<rt>い</rt></ruby>いかけて<ruby>素盲<rt>すめくら</rt></ruby>の<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>かけ、<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>な<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>で<ruby>頭<rt>あたま</rt></ruby>を<ruby>下<rt>さ</rt></ruby>げる)
(と いいかけて すめくらの きんごろーを みかけ、 いやな かおで あたまを さげる
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魚北 (金五郎に心づき、厭な顔になり頭だけ下げて、熊と共に急ぎ去る)
<ruby>魚北<rt>うおきた</rt></ruby>(<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>に<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>づき、<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>な<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>になり<ruby>頭<rt>あたま</rt></ruby>だけ<ruby>下<rt>さ</rt></ruby>げて、<ruby>熊<rt>くま</rt></ruby>と<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
( うおきた (きんごろーに こころづき、 いやな かおに なり あたまだけ さげて、 くまと ともに いそぎさる) ≪
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無頼漢、素盲の金五郎。
<ruby>無頼漢<rt>ぶらいかん</rt></ruby>、<ruby>素盲<rt>すめくら</rt></ruby>の<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>。
ぶらいかん、 すめくらの きんごろー。
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少し酔っている。
<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>し<ruby>酔<rt>よ</rt></ruby>っている。
すこし よって いる。
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水熊の板前善三郎が、迷惑そうに蹤いている。
<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>板前<rt>いたまえ</rt></ruby><ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>が、<ruby>迷惑<rt>めいわく</rt></ruby>そうに<ruby>蹤<rt>つ</rt></ruby>いている。
みずくまの いたまえ ぜんざぶろーが、 めいわくそーに ついて いる ≪
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金五郎 (八ツ当りをして)ボテ振り待て。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>(<ruby>八<rt>や</rt></ruby>ツ<ruby>当<rt>あた</rt></ruby>りをして)ボテ<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>待<rt>ま</rt></ruby>て。
きんごろー (やつあたりを して) ぼてふり まて。
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善三郎 よしてくんな。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>よしてくんな。
ぜんざぶろー よして くんな。
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罪もねえ者の商売を妨げしちゃいけねえよ。
<ruby>罪<rt>つみ</rt></ruby>もねえ<ruby>者<rt>もの</rt></ruby>の<ruby>商売<rt>しょうばい</rt></ruby>を<ruby>妨<rt>さまた</rt></ruby>げしちゃいけねえよ。
つみも ねえ ものの しょーばいを さまたげ しちゃ いけねえよ。
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金五郎 癪に障る奴等だ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>癪<rt>しゃく</rt></ruby>に<ruby>障<rt>さわ</rt></ruby>る<ruby>奴等<rt>やつら</rt></ruby>だ。
きんごろー しゃくに さわる やつらだ。
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善公。
<ruby>善公<rt>ぜんこう</rt></ruby>。
ぜんこー。
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善三郎 え。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>え。
ぜんざぶろー え。
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(厭な顔を隠す)
(<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>な<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>隠<rt>かく</rt></ruby>す)
(いやな かおを かくす)
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金五郎 本当におかみさん、居ねえのか。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>におかみさん、<ruby>居<rt>い</rt></ruby>ねえのか。
きんごろー ほんとーに おかみさん、 いねえのか。
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善三郎 居ねえよ、俺が嘘をつくものかな。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby><ruby>居<rt>い</rt></ruby>ねえよ、<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>が<ruby>嘘<rt>うそ</rt></ruby>をつくものかな。
ぜんざぶろー いねえよ、 おれが うそを つく ものかな。
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だが金五郎さん。
だが<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>さん。
だが きんごろー さん。
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今のような話はやめてくれねえと俺が困る。
<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>のような<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>はやめてくれねえと<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>が<ruby>困<rt>こま</rt></ruby>る。
いまのよーな はなしわ やめて くれねえと おれが こまる。
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金五郎 心配するな、俺が水熊の婿になったら、お前にや給金の外にたンまり賦をやるから。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>心配<rt>しんぱい</rt></ruby>するな、<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>が<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>婿<rt>むこ</rt></ruby>になったら、お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>にや<ruby>給金<rt>きゅうきん</rt></ruby>の<ruby>外<rt>ほか</rt></ruby>にたンまり<ruby>賦<rt>ぶ</rt></ruby>をやるから。
きんごろー しんぱい するな、 おれが みずくまの むこに なったら、 おめえにや きゅーきんの ほかに たんまり ぶを やるから。
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善三郎 それがいけねえんだ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>それがいけねえんだ。
ぜんざぶろー それが いけねえんだ。
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第一、いくら何でも、そんな話がおかみさんに出来るものかな。
<ruby>第一<rt>だいいち</rt></ruby>、いくら<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>でも、そんな<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>がおかみさんに<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>るものかな。
だいいち、 いくら なんでも、 そんな はなしが おかみさんに できる ものかな。
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金五郎 後家を立ててる女のところへ、俺が婿にはいろうというのに不思議はねえ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>後家<rt>ごけ</rt></ruby>を<ruby>立<rt>た</rt></ruby>ててる<ruby>女<rt>おんな</rt></ruby>のところへ、<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>が<ruby>婿<rt>むこ</rt></ruby>にはいろうというのに<ruby>不思議<rt>ふしぎ</rt></ruby>はねえ。
きんごろー ごけを たててる おんなの ところえ、 おれが むこに はいろーと いうのに ふしぎわ ねえ。
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善三郎 考えても見ねえな、金五郎さんはまだ三十を幾つも出やしねえ、家のおかみさんは年よりも十も十五も若く見えたところで五十を越しているんだ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby><ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えても<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ねえな、<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>さんはまだ三十を<ruby>幾<rt>いく</rt></ruby>つも<ruby>出<rt>で</rt></ruby>やしねえ、<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>のおかみさんは<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>よりも<ruby>十<rt>とお</rt></ruby>も十五も<ruby>若<rt>わか</rt></ruby>く<ruby>見<rt>み</rt></ruby>えたところで五十を<ruby>越<rt>こ</rt></ruby>しているんだ。
ぜんざぶろー かんがえても みねえな、 きんごろー さんわ まだ 30を いくつも でや しねえ、 うちの おかみさんわ としよりも とおも 15も わかく みえた ところで 50を こして いるんだ。
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金五郎 年なんざどうでもいい。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>年<rt>とし</rt></ruby>なんざどうでもいい。
きんごろー としなんざ どーでも いい。
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俺あここの家が――色恋に年があるもんか。
<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>あここの<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>が――<ruby>色恋<rt>いろこい</rt></ruby>に<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>があるもんか。
おれあ ここの うちが -- いろこいに としが ある もんか。
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善三郎 この話はまたとして、今日はこれで左様ならだ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>この<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>はまたとして、<ruby>今日<rt>きょう</rt></ruby>はこれで<ruby>左様<rt>さよう</rt></ruby>ならだ。
ぜんざぶろー この はなしわ またと して、 きょーわ これで さよーならだ。
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(早く別れたがる)
(<ruby>早<rt>はや</rt></ruby>く<ruby>別<rt>わか</rt></ruby>れたがる)
(はやく わかれたがる)
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金五郎 うむまた後でくらあ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>うむまた<ruby>後<rt>あと</rt></ruby>でくらあ。
きんごろー うむ また あとで くらあ。
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おとら (番傘がその以前から動いている、突き飛ばされて傘を手放し、倒れ伏す)
おとら(<ruby>番傘<rt>ばんがさ</rt></ruby>がその<ruby>以前<rt>いぜん</rt></ruby>から<ruby>動<rt>うご</rt></ruby>いている、<ruby>突<rt>つ</rt></ruby>き<ruby>飛<rt>と</rt></ruby>ばされて<ruby>傘<rt>かさ</rt></ruby>を<ruby>手放<rt>てばな</rt></ruby>し、<ruby>倒<rt>たお</rt></ruby>れ<ruby>伏<rt>ふ</rt></ruby>す)
おとら (ばんがさが その いぜんから うごいて いる、 つきとばされて かさを てばなし、 たおれふす) ≪
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水熊の洗い方藤八、腹を立てて内から出る。
<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>洗<rt>あら</rt></ruby>い<ruby>方<rt>かた</rt></ruby><ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>、<ruby>腹<rt>はら</rt></ruby>を<ruby>立<rt>た</rt></ruby>てて<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>から<ruby>出<rt>で</rt></ruby>る。
みずくまの あらいかた とーはち、 はらを たてて うちから でる
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藤八 やいやい、しつッこ過ぎるから突き出したんだ、さっさと失せろ。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>やいやい、しつッこ<ruby>過<rt>す</rt></ruby>ぎるから<ruby>突<rt>つ</rt></ruby>き<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>したんだ、さっさと<ruby>失<rt>う</rt></ruby>せろ。
≪ とーはち やい やい、 しつっこすぎるから つきだしたんだ、 さっさと うせろ。
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善三郎 (藤八に「どうしたんだ」と聞く)
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>(<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>に「どうしたんだ」と<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>く)
ぜんざぶろー (とーはちに 「どー したんだ」と きく
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藤八 (善三郎に「おかみさんに会うといって利かねえから留守だと云って追っ払う処です」と告げる)
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>(<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>に「おかみさんに<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>うといって<ruby>利<rt>き</rt></ruby>かねえから<ruby>留守<rt>るす</rt></ruby>だと<ruby>云<rt>い</rt></ruby>って<ruby>追<rt>お</rt></ruby>っ<ruby>払<rt>ぱら</rt></ruby>う<ruby>処<rt>ところ</rt></ruby>です」と<ruby>告<rt>つ</rt></ruby>げる)
( とーはち (ぜんざぶろーに 「おかみさんに あうと いって きかねえから るすだと いって おっぱらう ところです」と つげる)
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おとら (這い起き)何をしやがるんだ。
おとら(<ruby>這<rt>は</rt></ruby>い<ruby>起<rt>お</rt></ruby>き)<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>をしやがるんだ。
おとら (はいおき) なにを しやがるんだ。
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何だ失せろだと、失せてやるから失せるようにしろ。
<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だ<ruby>失<rt>う</rt></ruby>せろだと、<ruby>失<rt>う</rt></ruby>せてやるから<ruby>失<rt>う</rt></ruby>せるようにしろ。
なんだ うせろだと、 うせて やるから うせるよーに しろ。
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藤八 まだそんなことを吐かしやがるか、おかみさんは留守だというのが判らねえか、よしんば居た処で、乞食婆に会う用はねえ、帰れ。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>まだそんなことを<ruby>吐<rt>ぬ</rt></ruby>かしやがるか、おかみさんは<ruby>留守<rt>るす</rt></ruby>だというのが<ruby>判<rt>わか</rt></ruby>らねえか、よしんば<ruby>居<rt>い</rt></ruby>た<ruby>処<rt>ところ</rt></ruby>で、<ruby>乞食婆<rt>こじきばば</rt></ruby>に<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>う<ruby>用<rt>よう</rt></ruby>はねえ、<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>れ。
とーはち まだ そんな ことを ぬかしやがるか、 おかみさんわ るすだと いうのが わからねえか、 よしんば いた ところで、 こじきばばに あう よーわ ねえ、 かえれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 藤の字。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby><ruby>藤<rt>とう</rt></ruby>の<ruby>字<rt>じ</rt></ruby>。
ぜんざぶろー とーのじ。
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