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器械に馴れているということの強味は、実際に実験をしたことのある人でないとちょっと分らないくらい有力なことである。 | <ruby>器械<rt>きかい</rt></ruby>に<ruby>馴<rt>な</rt></ruby>れているということの<ruby>強味<rt>つよみ</rt></ruby>は、<ruby>実際<rt>じっさい</rt></ruby>に<ruby>実験<rt>じっけん</rt></ruby>をしたことのある<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>でないとちょっと<ruby>分<rt>わか</rt></ruby>らないくらい<ruby>有力<rt>ゆうりょく</rt></ruby>なことである。 | きかいに なれて いると いう ことの つよみわ、 じっさいに じっけんを した ことの ある ひとで ないと ちょっと わからないくらい ゆーりょくな ことで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
もっとも新しい下駄でさえ履きづらいものであるから、新しい物理器械がそう簡単に働いてくれるはずはない。 | もっとも<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>下駄<rt>げた</rt></ruby>でさえ<ruby>履<rt>は</rt></ruby>きづらいものであるから、<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>物理<rt>ぶつり</rt></ruby><ruby>器械<rt>きかい</rt></ruby>がそう<ruby>簡単<rt>かんたん</rt></ruby>に<ruby>働<rt>はたら</rt></ruby>いてくれるはずはない。 | もっとも あたらしい げたでさえ はきづらい もので あるから、 あたらしい ぶつり きかいが そー かんたんに はたらいて くれる はずわ ない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
その将官の人は大変理解のある人であって、この話にすぐ賛成してくれた。 | その<ruby>将官<rt>しょうかん</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>は<ruby>大変<rt>たいへん</rt></ruby><ruby>理解<rt>りかい</rt></ruby>のある<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>であって、この<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>にすぐ<ruby>賛成<rt>さんせい</rt></ruby>してくれた。 | その しょーかんの ひとわ たいへん りかいの ある ひとで あって、 この はなしに すぐ さんせい して くれた。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そしてT君が入所したらすぐ一通りの器械の註文をすまさせて、欧米の関係研究室を見学させるという話になった。 | そしてT<ruby>君<rt>くん</rt></ruby>が<ruby>入所<rt>にゅうしょ</rt></ruby>したらすぐ<ruby>一通<rt>ひととお</rt></ruby>りの<ruby>器械<rt>きかい</rt></ruby>の<ruby>註文<rt>ちゅうもん</rt></ruby>をすまさせて、<ruby>欧米<rt>おうべい</rt></ruby>の<ruby>関係<rt>かんけい</rt></ruby><ruby>研究室<rt>けんきゅうしつ</rt></ruby>を<ruby>見学<rt>けんがく</rt></ruby>させるという<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>になった。 | そして T くんが にゅーしょ したら すぐ ひととおりの きかいの ちゅーもんを すまさせて、 おーべいの かんけい けんきゅーしつを けんがく させると いう はなしに なった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
とりあえず設備費として十万円くらいは出してもいいということである。 | とりあえず<ruby>設備費<rt>せつびひ</rt></ruby>として十<ruby>万円<rt>まんえん</rt></ruby>くらいは<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>してもいいということである。 | とりあえず せつびひと して 10まんえんくらいわ だしても いいと いう ことで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
今度のアメリカの原子爆弾の研究費二十億|弗と較べては恥ずかしい話であるが、当時の我国としてはそれでも破天荒なことであった。 | <ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>のアメリカの<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>の<ruby>研究費<rt>けんきゅうひ</rt></ruby>二十<ruby>億弗<rt>おくどる</rt></ruby>と<ruby>較<rt>くら</rt></ruby>べては<ruby>恥<rt>は</rt></ruby>ずかしい<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>であるが、<ruby>当時<rt>とうじ</rt></ruby>の<ruby>我<rt>わが</rt></ruby><ruby>国<rt>くに</rt></ruby>としてはそれでも<ruby>破天荒<rt>はてんこう</rt></ruby>なことであった。 | こんどの あめりかの げんし ばくだんの けんきゅーひ 20おくどると くらべてわ はずかしい はなしで あるが、 とーじの わが くにと してわ それでも はてんこーな ことで あった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
此処までは話は大変面白いのであるが、いよいよT君がその研究所の人となって、一通りの器械をととのえるべくその調査にかかったら、間もなくその所長が転出されることになった。 | <ruby>此処<rt>ここ</rt></ruby>までは<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>は<ruby>大変<rt>たいへん</rt></ruby><ruby>面白<rt>おもしろ</rt></ruby>いのであるが、いよいよT<ruby>君<rt>くん</rt></ruby>がその<ruby>研究所<rt>けんきゅうじょ</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>となって、<ruby>一通<rt>ひととお</rt></ruby>りの<ruby>器械<rt>きかい</rt></ruby>をととのえるべくその<ruby>調査<rt>ちょうさ</rt></ruby>にかかったら、<ruby>間<rt>ま</rt></ruby>もなくその<ruby>所長<rt>しょちょう</rt></ruby>が<ruby>転出<rt>てんしゅつ</rt></ruby>されることになった。 | ここまでわ はなしわ たいへん おもしろいので あるが、 いよいよ T くんが その けんきゅーじょの ひとと なって、 ひととおりの きかいを ととのえるべく その ちょーさに かかったら、 まもなく その しょちょーが てんしゅつ される ことに なった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
一方国際的には、支那事変が漸く本格的な貌を現して来て、今更研究どころではないという風潮がそろそろ国内に漲り出した時期である。 | <ruby>一方<rt>いっぽう</rt></ruby><ruby>国際的<rt>こくさいてき</rt></ruby>には、<ruby>支那<rt>しな</rt></ruby><ruby>事変<rt>じへん</rt></ruby>が<ruby>漸<rt>ようや</rt></ruby>く<ruby>本格的<rt>ほんかくてき</rt></ruby>な<ruby>貌<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>現<rt>あらわ</rt></ruby>して<ruby>来<rt>き</rt></ruby>て、<ruby>今更<rt>いまさら</rt></ruby><ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>どころではないという<ruby>風潮<rt>ふうちょう</rt></ruby>がそろそろ<ruby>国内<rt>こくない</rt></ruby>に<ruby>漲<rt>みなぎ</rt></ruby>り<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>した<ruby>時期<rt>じき</rt></ruby>である。 | いっぽー こくさいてきにわ、 しな じへんが よーやく ほんかくてきな かおを あらわして きて、 いまさら けんきゅーどころでわ ないと いう ふーちょーが そろそろ こくないに みなぎりだした じきで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
それで真先に取止めになったのは、この原子関係の研究であった。 | それで<ruby>真先<rt>まっさき</rt></ruby>に<ruby>取止<rt>とりや</rt></ruby>めになったのは、この<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>関係<rt>かんけい</rt></ruby>の<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>であった。 | それで まっさきに とりやめに なったのわ、 この げんし かんけいの けんきゅーで あった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
これで「私の原子爆弾」の話はおしまいである。 | これで「<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>の<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>」の<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>はおしまいである。 | これで 「わたしの げんし ばくだん」の はなしわ おしまいで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
誠に飽気ない話である。 | <ruby>誠<rt>まこと</rt></ruby>に<ruby>飽気<rt>あっけ</rt></ruby>ない<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>である。 | まことに あっけない はなしで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
ところで人類科学史上|未曾有の大事件たる原子爆弾の研究に、こういう企てを試みることすら、いささかドン・キホーテ的であったことが、今度のアメリカの発表でよく分った。 | ところで<ruby>人類<rt>じんるい</rt></ruby><ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby><ruby>史上<rt>しじょう</rt></ruby><ruby>未曾有<rt>みぞう</rt></ruby>の<ruby>大事件<rt>だいじけん</rt></ruby>たる<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>の<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>に、こういう<ruby>企<rt>くわだ</rt></ruby>てを<ruby>試<rt>こころ</rt></ruby>みることすら、いささかドン・キホーテ<ruby>的<rt>てき</rt></ruby>であったことが、<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>のアメリカの<ruby>発表<rt>はっぴょう</rt></ruby>でよく<ruby>分<rt>わか</rt></ruby>った。 | ところで じんるい かがく しじょー みぞうの だいじけんたる げんし ばくだんの けんきゅーに、 こー いう くわだてを こころみる ことすら、 いささか どん きほーててきで あった ことが、 こんどの あめりかの はっぴょーで よく わかった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
T君はいわばいい時にドン・キホーテの役割を免ぜられたものである。 | T<ruby>君<rt>くん</rt></ruby>はいわばいい<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>にドン・キホーテの<ruby>役割<rt>やくわり</rt></ruby>を<ruby>免<rt>めん</rt></ruby>ぜられたものである。 | T くんわ いわば いい ときに どん きほーての やくわりを めんぜられた もので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
と言うのは、もしあの時の将官がそのまま続いて在任され、どんどん研究費を出し、学者の数も増やし、大いに頑張ってみても、我が国ではとても原子爆弾が出来る見込はなかったと私には思われるからである。 | と<ruby>言<rt>い</rt></ruby>うのは、もしあの<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>の<ruby>将官<rt>しょうかん</rt></ruby>がそのまま<ruby>続<rt>つづ</rt></ruby>いて<ruby>在任<rt>ざいにん</rt></ruby>され、どんどん<ruby>研究費<rt>けんきゅうひ</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>し、<ruby>学者<rt>がくしゃ</rt></ruby>の<ruby>数<rt>かず</rt></ruby>も<ruby>増<rt>ふ</rt></ruby>やし、<ruby>大<rt>おお</rt></ruby>いに<ruby>頑張<rt>がんば</rt></ruby>ってみても、<ruby>我<rt>わ</rt></ruby>が<ruby>国<rt>くに</rt></ruby>ではとても<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>が<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>る<ruby>見込<rt>みこみ</rt></ruby>はなかったと<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>には<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>われるからである。 | と いうのわ、 もし あの ときの しょーかんが そのまま つづいて ざいにん され、 どんどん けんきゅーひを だし、 がくしゃの かずも ふやし、 おおいに がんばって みても、 わが くにでわ とても げんし ばくだんが できる みこみわ なかったと わたしにわ おもわれるからで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
それは日本には原料たるウラニウムがないとか、ラジュウム源の貯蔵が少いとかいう問題ではない。 | それは<ruby>日本<rt>にほん</rt></ruby>には<ruby>原料<rt>げんりょう</rt></ruby>たるウラニウムがないとか、ラジュウム<ruby>源<rt>げん</rt></ruby>の<ruby>貯蔵<rt>ちょぞう</rt></ruby>が<ruby>少<rt>すくな</rt></ruby>いとかいう<ruby>問題<rt>もんだい</rt></ruby>ではない。 | それわ にほんにわ げんりょーたる うらにうむが ないとか、 らじゅうむげんの ちょぞーが すくないとか いう もんだいでわ ない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
それは国民一般特に要路の人たちの科学の水準と、今一つは国力の問題とである。 | それは<ruby>国民<rt>こくみん</rt></ruby><ruby>一般<rt>いっぱん</rt></ruby><ruby>特<rt>とく</rt></ruby>に<ruby>要路<rt>ようろ</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>たちの<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>の<ruby>水準<rt>すいじゅん</rt></ruby>と、<ruby>今<rt>いま</rt></ruby><ruby>一<rt>ひと</rt></ruby>つは<ruby>国力<rt>こくりょく</rt></ruby>の<ruby>問題<rt>もんだい</rt></ruby>とである。 | それわ こくみん いっぱん とくに よーろの ひとたちの かがくの すいじゅんと、 いま ひとつわ こくりょくの もんだいとで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
私たちが「弓と鉄砲」の話をかつぎ廻っていた翌年には、独墺合邦という爆弾的宣言が、欧洲を一挙に驚愕の淵に陥れた。 | <ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>たちが「<ruby>弓<rt>ゆみ</rt></ruby>と<ruby>鉄砲<rt>てっぽう</rt></ruby>」の<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>をかつぎ<ruby>廻<rt>まわ</rt></ruby>っていた<ruby>翌年<rt>よくねん</rt></ruby>には、<ruby>独墺<rt>どくおう</rt></ruby><ruby>合邦<rt>がっぽう</rt></ruby>という<ruby>爆弾的<rt>ばくだんてき</rt></ruby><ruby>宣言<rt>せんげん</rt></ruby>が、<ruby>欧洲<rt>おうしゅう</rt></ruby>を<ruby>一挙<rt>いっきょ</rt></ruby>に<ruby>驚愕<rt>きょうがく</rt></ruby>の<ruby>淵<rt>ふち</rt></ruby>に<ruby>陥<rt>おとしい</rt></ruby>れた。 | わたしたちが 「ゆみと てっぽー」の はなしを かつぎまわって いた よくねんにわ、 どくおー がっぽーと いう ばくだんてき せんげんが、 おーしゅーを いっきょに きょーがくの ふちに おとしいれた。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そして次の年には独ソ不可侵条約が締結され、秋にはもうポーランド問題をめぐって、英国が独逸に対して宣戦を布告したのである。 | そして<ruby>次<rt>つぎ</rt></ruby>の<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>には<ruby>独<rt>どく</rt></ruby>ソ<ruby>不可侵<rt>ふかしん</rt></ruby><ruby>条約<rt>じょうやく</rt></ruby>が<ruby>締結<rt>ていけつ</rt></ruby>され、<ruby>秋<rt>あき</rt></ruby>にはもうポーランド<ruby>問題<rt>もんだい</rt></ruby>をめぐって、<ruby>英国<rt>えいこく</rt></ruby>が<ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>に<ruby>対<rt>たい</rt></ruby>して<ruby>宣戦<rt>せんせん</rt></ruby>を<ruby>布告<rt>ふこく</rt></ruby>したのである。 | そして つぎの としにわ どくそ ふかしん じょーやくが ていけつ され、 あきにわ もー ぽーらんど もんだいを めぐって、 えいこくが どいつに たいして せんせんを ふこく したので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
翌十五年は欧洲平野における大機動戦、巴里の開城、倫敦の大爆撃に暮れ、十六年には今次の戦争は遂に独ソの開戦、米国の参戦というクライマックスに達している。 | <ruby>翌<rt>よく</rt></ruby>十五<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>は<ruby>欧洲<rt>おうしゅう</rt></ruby><ruby>平野<rt>へいや</rt></ruby>における<ruby>大機動戦<rt>だいきどうせん</rt></ruby>、<ruby>巴里<rt>ぱり</rt></ruby>の<ruby>開城<rt>かいじょう</rt></ruby>、<ruby>倫敦<rt>ろんどん</rt></ruby>の<ruby>大爆撃<rt>だいばくげき</rt></ruby>に<ruby>暮<rt>く</rt></ruby>れ、十六<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>には<ruby>今次<rt>こんじ</rt></ruby>の<ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby>は<ruby>遂<rt>つい</rt></ruby>に<ruby>独<rt>どく</rt></ruby>ソの<ruby>開戦<rt>かいせん</rt></ruby>、<ruby>米国<rt>べいこく</rt></ruby>の<ruby>参戦<rt>さんせん</rt></ruby>というクライマックスに<ruby>達<rt>たっ</rt></ruby>している。 | よく 15ねんわ おーしゅー へいやに おける だいきどーせん、 ぱりの かいじょー、 ろんどんの だいばくげきに くれ、 16ねんにわ こんじの せんそーわ ついに どくその かいせん、 べいこくの さんせんと いう くらいまっくすに たっして いる。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
この間勿論我が国でも、支那事変が遂に世界戦争の面貌を現して来て「研究どころの騒ぎではなく」なっていたのであるが、英米側にとってみれば、それこそ日本の立場どころではなかったのである。 | この<ruby>間<rt>かん</rt></ruby><ruby>勿論<rt>もちろん</rt></ruby><ruby>我<rt>わ</rt></ruby>が<ruby>国<rt>くに</rt></ruby>でも、<ruby>支那<rt>しな</rt></ruby><ruby>事変<rt>じへん</rt></ruby>が<ruby>遂<rt>つい</rt></ruby>に<ruby>世界<rt>せかい</rt></ruby><ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby>の<ruby>面貌<rt>めんぼう</rt></ruby>を<ruby>現<rt>あらわ</rt></ruby>して<ruby>来<rt>き</rt></ruby>て「<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>どころの<ruby>騒<rt>さわ</rt></ruby>ぎではなく」なっていたのであるが、<ruby>英米側<rt>えいべいがわ</rt></ruby>にとってみれば、それこそ<ruby>日本<rt>にほん</rt></ruby>の<ruby>立場<rt>たちば</rt></ruby>どころではなかったのである。 | このかん もちろん わが くにでも、 しな じへんが ついに せかい せんそーの めんぼーを あらわして きて 「けんきゅーどころの さわぎでわ なく」 なって いたので あるが、 えいべいがわに とって みれば、 それこそ にほんの たちばどころでわ なかったので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
その間にあって英米両国の原子方面の科学者たちは、まるで戦争など何処にもないかのように、宇宙線の強さを測ったり、原子の崩壊に伴う放射線の勢力の測定をしたりしていたのである。 | その<ruby>間<rt>かん</rt></ruby>にあって<ruby>英米<rt>えいべい</rt></ruby><ruby>両国<rt>りょうこく</rt></ruby>の<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>方面<rt>ほうめん</rt></ruby>の<ruby>科学者<rt>かがくしゃ</rt></ruby>たちは、まるで<ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby>など<ruby>何処<rt>どこ</rt></ruby>にもないかのように、<ruby>宇宙線<rt>うちゅうせん</rt></ruby>の<ruby>強<rt>つよ</rt></ruby>さを<ruby>測<rt>はか</rt></ruby>ったり、<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby>の<ruby>崩壊<rt>ほうかい</rt></ruby>に<ruby>伴<rt>ともな</rt></ruby>う<ruby>放射線<rt>ほうしゃせん</rt></ruby>の<ruby>勢力<rt>えねるぎー</rt></ruby>の<ruby>測定<rt>そくてい</rt></ruby>をしたりしていたのである。 | そのかんに あって えいべい りょーこくの げんし ほーめんの かがくしゃたちわ、 まるで せんそーなど どこにも ないかのよーに、 うちゅーせんの つよさを はかったり、 げんしの ほーかいに ともなう ほーしゃせんの えねるぎーの そくていを したり して いたので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
この方面の実験には厖大な設備と莫大な費用とを要するのであるが、米国では殆どこの方面の研究を一手に引き受けた形で、どんどん施設をして行ったのである。 | この<ruby>方面<rt>ほうめん</rt></ruby>の<ruby>実験<rt>じっけん</rt></ruby>には<ruby>厖大<rt>ぼうだい</rt></ruby>な<ruby>設備<rt>せつび</rt></ruby>と<ruby>莫大<rt>ばくだい</rt></ruby>な<ruby>費用<rt>ひよう</rt></ruby>とを<ruby>要<rt>よう</rt></ruby>するのであるが、<ruby>米国<rt>べいこく</rt></ruby>では<ruby>殆<rt>ほとん</rt></ruby>どこの<ruby>方面<rt>ほうめん</rt></ruby>の<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>を<ruby>一手<rt>いって</rt></ruby>に<ruby>引<rt>ひ</rt></ruby>き<ruby>受<rt>う</rt></ruby>けた<ruby>形<rt>かたち</rt></ruby>で、どんどん<ruby>施設<rt>しせつ</rt></ruby>をして<ruby>行<rt>い</rt></ruby>ったのである。 | この ほーめんの じっけんにわ ぼーだいな せつびと ばくだいな ひよーとを よーするので あるが、 べいこくでわ ほとんど この ほーめんの けんきゅーを いってに ひきうけた かたちで、 どんどん しせつを して いったので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そして米国の参戦と同時に先ず行ったのは科学研究の協定であって、目ぼしい英国の学者たちはアメリカに渡って、それに協力することになった。 | そして<ruby>米国<rt>べいこく</rt></ruby>の<ruby>参戦<rt>さんせん</rt></ruby>と<ruby>同時<rt>どうじ</rt></ruby>に<ruby>先<rt>ま</rt></ruby>ず<ruby>行<rt>おこな</rt></ruby>ったのは<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby><ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>の<ruby>協定<rt>きょうてい</rt></ruby>であって、<ruby>目<rt>め</rt></ruby>ぼしい<ruby>英国<rt>えいこく</rt></ruby>の<ruby>学者<rt>がくしゃ</rt></ruby>たちはアメリカに<ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>って、それに<ruby>協力<rt>きょうりょく</rt></ruby>することになった。 | そして べいこくの さんせんと どーじに まず おこなったのわ かがく けんきゅーの きょーていで あって、 めぼしい えいこくの がくしゃたちわ あめりかに わたって、 それに きょーりょく する ことに なった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
独逸から追われたユダヤ人の科学者たち、それは独逸の科学を建設した人たちであるが、それらの人々も殆ど全部アメリカに渡って、甚大な貢献をしたのである。 | <ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>から<ruby>追<rt>お</rt></ruby>われたユダヤ<ruby>人<rt>じん</rt></ruby>の<ruby>科学者<rt>かがくしゃ</rt></ruby>たち、それは<ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>の<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>を<ruby>建設<rt>けんせつ</rt></ruby>した<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>たちであるが、それらの<ruby>人々<rt>ひとびと</rt></ruby>も<ruby>殆<rt>ほとん</rt></ruby>ど<ruby>全部<rt>ぜんぶ</rt></ruby>アメリカに<ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>って、<ruby>甚大<rt>じんだい</rt></ruby>な<ruby>貢献<rt>こうけん</rt></ruby>をしたのである。 | どいつから おわれた ゆだやじんの かがくしゃたち、 それわ どいつの かがくを けんせつ した ひとたちで あるが、 それらの ひとびとも ほとんど ぜんぶ あめりかに わたって、 じんだいな こーけんを したので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そういう大事な学者を追放したヒットラーは、自分で自分の腕を切り落したようなものである。 | そういう<ruby>大事<rt>だいじ</rt></ruby>な<ruby>学者<rt>がくしゃ</rt></ruby>を<ruby>追放<rt>ついほう</rt></ruby>したヒットラーは、<ruby>自分<rt>じぶん</rt></ruby>で<ruby>自分<rt>じぶん</rt></ruby>の<ruby>腕<rt>うで</rt></ruby>を<ruby>切<rt>き</rt></ruby>り<ruby>落<rt>おと</rt></ruby>したようなものである。 | そー いう だいじな がくしゃを ついほー した ひっとらーわ、 じぶんで じぶんの うでを きりおとしたよーな もので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
昭和十五年、ヒットラーが欧洲を平定して巴里に入り、ドーバー海峡越しに英本土を指呼の間に睨んでいたあの最得意の時期において、既に伯林の悲運の萌しが見えていたのである。 | <ruby>昭和<rt>しょうわ</rt></ruby>十五<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>、ヒットラーが<ruby>欧洲<rt>おうしゅう</rt></ruby>を<ruby>平定<rt>へいてい</rt></ruby>して<ruby>巴里<rt>ぱり</rt></ruby>に<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>り、ドーバー<ruby>海峡越<rt>かいきょうご</rt></ruby>しに<ruby>英<rt>えい</rt></ruby><ruby>本土<rt>ほんど</rt></ruby>を<ruby>指呼<rt>しこ</rt></ruby>の<ruby>間<rt>かん</rt></ruby>に<ruby>睨<rt>にら</rt></ruby>んでいたあの<ruby>最得意<rt>さいとくい</rt></ruby>の<ruby>時期<rt>じき</rt></ruby>において、<ruby>既<rt>すで</rt></ruby>に<ruby>伯林<rt>べるりん</rt></ruby>の<ruby>悲運<rt>ひうん</rt></ruby>の<ruby>萌<rt>きざ</rt></ruby>しが<ruby>見<rt>み</rt></ruby>えていたのである。 | しょーわ 15ねん、 ひっとらーが おーしゅーを へいてい して ぱりに はいり、 どーばー かいきょーごしに えい ほんどを しこの かんに にらんで いた あの さいとくいの じきに おいて、 すでに べるりんの ひうんの きざしが みえて いたので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
この間の消息は、昭和十五年の十月、『東京朝日』に書いた「独逸の科学誌」を転載させて頂くのが早道である。 | この<ruby>間<rt>かん</rt></ruby>の<ruby>消息<rt>しょうそく</rt></ruby>は、<ruby>昭和<rt>しょうわ</rt></ruby>十五<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>の十<ruby>月<rt>がつ</rt></ruby>、『<ruby>東京<rt>とうきょう</rt></ruby><ruby>朝日<rt>あさひ</rt></ruby>』に<ruby>書<rt>か</rt></ruby>いた「<ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>の<ruby>科学誌<rt>かがくし</rt></ruby>」を<ruby>転載<rt>てんさい</rt></ruby>させて<ruby>頂<rt>いただ</rt></ruby>くのが<ruby>早道<rt>はやみち</rt></ruby>である。 | このかんの しょーそくわ、 しょーわ 15ねんの 10がつ、 『とーきょー あさひ』に かいた 「どいつの かがくし」を てんさい させて いただくのが はやみちで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
同僚の物理学者で、新しい論文をよく読んでいる男が、この一、二年来独逸の雑誌に出る論文が著しく質が低下したように思うという話をした。 | <ruby>同僚<rt>どうりょう</rt></ruby>の<ruby>物理<rt>ぶつり</rt></ruby><ruby>学者<rt>がくしゃ</rt></ruby>で、<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>論文<rt>ろんぶん</rt></ruby>をよく<ruby>読<rt>よ</rt></ruby>んでいる<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>が、この一、二<ruby>年来<rt>ねんらい</rt></ruby><ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>の<ruby>雑誌<rt>ざっし</rt></ruby>に<ruby>出<rt>で</rt></ruby>る<ruby>論文<rt>ろんぶん</rt></ruby>が<ruby>著<rt>いちじる</rt></ruby>しく<ruby>質<rt>しつ</rt></ruby>が<ruby>低下<rt>ていか</rt></ruby>したように<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>うという<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>をした。 | どーりょーの ぶつり がくしゃで、 あたらしい ろんぶんを よく よんで いる おとこが、 この 12ねんらい どいつの ざっしに でる ろんぶんが いちじるしく しつが ていか したよーに おもうと いう はなしを した。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
私もうすうすそういう気がしていたので、直ぐ賛成して、この調子で行くと、結局米国が物理学界で覇をとなえるようになるかもしれないなどと話し合ったことがある。 | <ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>もうすうすそういう<ruby>気<rt>き</rt></ruby>がしていたので、<ruby>直<rt>す</rt></ruby>ぐ<ruby>賛成<rt>さんせい</rt></ruby>して、この<ruby>調子<rt>ちょうし</rt></ruby>で<ruby>行<rt>い</rt></ruby>くと、<ruby>結局<rt>けっきょく</rt></ruby><ruby>米国<rt>べいこく</rt></ruby>が<ruby>物理<rt>ぶつり</rt></ruby><ruby>学界<rt>がっかい</rt></ruby>で<ruby>覇<rt>は</rt></ruby>をとなえるようになるかもしれないなどと<ruby>話<rt>はな</rt></ruby>し<ruby>合<rt>あ</rt></ruby>ったことがある。 | わたしも うすうす そー いう きが して いたので、 すぐ さんせい して、 この ちょーしで いくと、 けっきょく べいこくが ぶつり がっかいで はを となえるよーに なるかも しれないなどと はなしあった ことが ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
独逸科学の心酔者に言わせれば、外に発表するのはつまらぬことだけで、本当に大切な研究は隠しているから、一見独逸の学問の水準が下ったように見えるのだというかもしれない。 | <ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby><ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>の<ruby>心酔者<rt>しんすいしゃ</rt></ruby>に<ruby>言<rt>い</rt></ruby>わせれば、<ruby>外<rt>そと</rt></ruby>に<ruby>発表<rt>はっぴょう</rt></ruby>するのはつまらぬことだけで、<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>大切<rt>たいせつ</rt></ruby>な<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>は<ruby>隠<rt>かく</rt></ruby>しているから、<ruby>一見<rt>いっけん</rt></ruby><ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>の<ruby>学問<rt>がくもん</rt></ruby>の<ruby>水準<rt>すいじゅん</rt></ruby>が<ruby>下<rt>さが</rt></ruby>ったように<ruby>見<rt>み</rt></ruby>えるのだというかもしれない。 | どいつ かがくの しんすいしゃに いわせれば、 そとに はっぴょー するのわ つまらぬ ことだけで、 ほんとーに たいせつな けんきゅーわ かくして いるから、 いっけん どいつの がくもんの すいじゅんが さがったよーに みえるのだと いうかも しれない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
しかし、それだと論文を読んで見れば、何となくそういう気配が感ぜられるはずである。 | しかし、それだと<ruby>論文<rt>ろんぶん</rt></ruby>を<ruby>読<rt>よ</rt></ruby>んで<ruby>見<rt>み</rt></ruby>れば、<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>となくそういう<ruby>気配<rt>けはい</rt></ruby>が<ruby>感<rt>かん</rt></ruby>ぜられるはずである。 | しかし、 それだと ろんぶんを よんで みれば、 なんとなく そー いう けはいが かんぜられる はずで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そうすると、独逸が今度の戦争で使っている科学兵器の優秀さには異論がないから、基礎科学などは、どうでもよいもののように見えることになる。 | そうすると、<ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>が<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>の<ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby>で<ruby>使<rt>つか</rt></ruby>っている<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby><ruby>兵器<rt>へいき</rt></ruby>の<ruby>優秀<rt>ゆうしゅう</rt></ruby>さには<ruby>異論<rt>いろん</rt></ruby>がないから、<ruby>基礎<rt>きそ</rt></ruby><ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>などは、どうでもよいもののように<ruby>見<rt>み</rt></ruby>えることになる。 | そー すると、 どいつが こんどの せんそーで つかって いる かがく へいきの ゆーしゅーさにわ いろんが ないから、 きそ かがくなどわ、 どーでも よい もののよーに みえる ことに なる。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
しかし私たちは、現在の独逸は、ナチに追放された偉い学者たちがまだ独逸にいた頃の学問的遺産を、いま力一杯に使い切っているのではないかと思っている。 | しかし<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>たちは、<ruby>現在<rt>げんざい</rt></ruby>の<ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>は、ナチに<ruby>追放<rt>ついほう</rt></ruby>された<ruby>偉<rt>えら</rt></ruby>い<ruby>学者<rt>がくしゃ</rt></ruby>たちがまだ<ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>にいた<ruby>頃<rt>ころ</rt></ruby>の<ruby>学問的<rt>がくもんてき</rt></ruby><ruby>遺産<rt>いさん</rt></ruby>を、いま<ruby>力<rt>ちから</rt></ruby><ruby>一杯<rt>いっぱい</rt></ruby>に<ruby>使<rt>つか</rt></ruby>い<ruby>切<rt>き</rt></ruby>っているのではないかと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>っている。 | しかし わたしたちわ、 げんざいの どいつわ、 なちに ついほー された えらい がくしゃたちが まだ どいつに いた ころの がくもんてき いさんを、 いま ちから いっぱいに つかいきって いるのでわ ないかと おもって いる。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
事実独逸が遺産を喰い潰している間に、米国ではどんどん貯蓄して行っていたのである。 | <ruby>事実<rt>じじつ</rt></ruby><ruby>独逸<rt>どいつ</rt></ruby>が<ruby>遺産<rt>いさん</rt></ruby>を<ruby>喰<rt>く</rt></ruby>い<ruby>潰<rt>つぶ</rt></ruby>している<ruby>間<rt>あいだ</rt></ruby>に、<ruby>米国<rt>べいこく</rt></ruby>ではどんどん<ruby>貯蓄<rt>ちょちく</rt></ruby>して<ruby>行<rt>い</rt></ruby>っていたのである。 | じじつ どいつが いさんを くいつぶして いる あいだに、 べいこくでわ どんどん ちょちく して いって いたので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
見る方で根気負けがするくらい沢山の論文が出ても、何時になったらそれが次の時代の勢力源として実用化されるか、まるで見当がつかない状勢で過ぎて行った。 | <ruby>見<rt>み</rt></ruby>る<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>で<ruby>根気負<rt>こんきま</rt></ruby>けがするくらい<ruby>沢山<rt>たくさん</rt></ruby>の<ruby>論文<rt>ろんぶん</rt></ruby>が<ruby>出<rt>で</rt></ruby>ても、<ruby>何時<rt>いつ</rt></ruby>になったらそれが<ruby>次<rt>つぎ</rt></ruby>の<ruby>時代<rt>じだい</rt></ruby>の<ruby>勢力源<rt>えねるぎーげん</rt></ruby>として<ruby>実用化<rt>じつようか</rt></ruby>されるか、まるで<ruby>見当<rt>けんとう</rt></ruby>がつかない<ruby>状勢<rt>じょうせい</rt></ruby>で<ruby>過<rt>す</rt></ruby>ぎて<ruby>行<rt>い</rt></ruby>った。 | みる ほーで こんきまけが するくらい たくさんの ろんぶんが でても、 いつに なったら それが つぎの じだいの えねるぎーげんと して じつよーか されるか、 まるで けんとーが つかない じょーせいで すぎて いった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
ところが昭和十五年になって、遂にウラニウムの核分裂という新しい現象が恐るべき勢力源として現われて来たのである。 | ところが<ruby>昭和<rt>しょうわ</rt></ruby>十五<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>になって、<ruby>遂<rt>つい</rt></ruby>にウラニウムの<ruby>核分裂<rt>かくぶんれつ</rt></ruby>という<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>現象<rt>げんしょう</rt></ruby>が<ruby>恐<rt>おそ</rt></ruby>るべき<ruby>勢力源<rt>えねるぎーげん</rt></ruby>として<ruby>現<rt>あら</rt></ruby>われて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たのである。 | ところが しょーわ 15ねんに なって、 ついに うらにうむの かくぶんれつと いう あたらしい げんしょーが おそるべき えねるぎーげんと して あらわれて きたので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
その論文が日本に届いたのは、確か太平洋戦争|勃発の一年くらい前であった。 | その<ruby>論文<rt>ろんぶん</rt></ruby>が<ruby>日本<rt>にほん</rt></ruby>に<ruby>届<rt>とど</rt></ruby>いたのは、<ruby>確<rt>たし</rt></ruby>か<ruby>太平洋<rt>たいへいよう</rt></ruby><ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby><ruby>勃発<rt>ぼっぱつ</rt></ruby>の一<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>くらい<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>であった。 | その ろんぶんが にほんに とどいたのわ、 たしか たいへいよー せんそー ぼっぱつの 1ねんくらい まえで あった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
ラサフォードがキャベンディシュ研究所の俊秀を総動員して、世界の物理学の主流を原子構造論から一歩進め原子の内部に足を踏み込ませ、原子核構造論の樹立に眼を開かせてから約十年、それを受けたアメリカが、莫大な物と金と人とを困難な実験に注ぎ続けて約十年、やっとこのウラニウムの核分裂の発見によって、原子内に秘められた恐るべき力が、科学者の前に初めてその姿の片鱗を現したのである。 | ラサフォードがキャベンディシュ<ruby>研究所<rt>けんきゅうじょ</rt></ruby>の<ruby>俊秀<rt>しゅんしゅう</rt></ruby>を<ruby>総動員<rt>そうどういん</rt></ruby>して、<ruby>世界<rt>せかい</rt></ruby>の<ruby>物理学<rt>ぶつりがく</rt></ruby>の<ruby>主流<rt>しゅりゅう</rt></ruby>を<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>構造論<rt>こうぞうろん</rt></ruby>から一<ruby>歩<rt>ぽ</rt></ruby><ruby>進<rt>すす</rt></ruby>め<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby>の<ruby>内部<rt>ないぶ</rt></ruby>に<ruby>足<rt>あし</rt></ruby>を<ruby>踏<rt>ふ</rt></ruby>み<ruby>込<rt>こ</rt></ruby>ませ、<ruby>原子核<rt>げんしかく</rt></ruby><ruby>構造論<rt>こうぞうろん</rt></ruby>の<ruby>樹立<rt>じゅりつ</rt></ruby>に<ruby>眼<rt>め</rt></ruby>を<ruby>開<rt>ひら</rt></ruby>かせてから<ruby>約<rt>やく</rt></ruby>十<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>、それを<ruby>受<rt>う</rt></ruby>けたアメリカが、<ruby>莫大<rt>ばくだい</rt></ruby>な<ruby>物<rt>もの</rt></ruby>と<ruby>金<rt>かね</rt></ruby>と<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>とを<ruby>困難<rt>こんなん</rt></ruby>な<ruby>実験<rt>じっけん</rt></ruby>に<ruby>注<rt>そそ</rt></ruby>ぎ<ruby>続<rt>つづ</rt></ruby>けて<ruby>約<rt>やく</rt></ruby>十<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>、やっとこのウラニウムの<ruby>核分裂<rt>かくぶんれつ</rt></ruby>の<ruby>発見<rt>はっけん</rt></ruby>によって、<ruby>原子内<rt>げんしない</rt></ruby>に<ruby>秘<rt>ひ</rt></ruby>められた<ruby>恐<rt>おそ</rt></ruby>るべき<ruby>力<rt>ちから</rt></ruby>が、<ruby>科学者<rt>かがくしゃ</rt></ruby>の<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>に<ruby>初<rt>はじ</rt></ruby>めてその<ruby>姿<rt>すがた</rt></ruby>の<ruby>片鱗<rt>へんりん</rt></ruby>を<ruby>現<rt>あらわ</rt></ruby>したのである。 | らさふぉーどが きゃべんでぃしゅ けんきゅーじょの しゅんしゅーを そーどーいん して、 せかいの ぶつりがくの しゅりゅーを げんし こーぞーろんから 1ぽ すすめ げんしの ないぶに あしを ふみこませ、 げんしかく こーぞーろんの じゅりつに めを ひらかせてから やく 10ねん、 それを うけた あめりかが、 ばくだいな ものと かねと ひととを こんなんな じっけんに そそぎつづけて やく 10ねん、 やっと この うらにうむの かくぶんれつの はっけんに よって、 げんしないに ひめられた おそるべき ちからが、 かがくしゃの まえに はじめて その すがたの へんりんを あらわしたので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
しかしこの現象の発見によって原子爆弾が半ば出来たのではない。 | しかしこの<ruby>現象<rt>げんしょう</rt></ruby>の<ruby>発見<rt>はっけん</rt></ruby>によって<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>が<ruby>半<rt>なか</rt></ruby>ば<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>たのではない。 | しかし この げんしょーの はっけんに よって げんし ばくだんが なかば できたのでわ ない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
原子の性質として知られたこの核分裂現象の発見は、いわば富士山を作っている土の粒子の性質が知られたようなものである。 | <ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby>の<ruby>性質<rt>せいしつ</rt></ruby>として<ruby>知<rt>し</rt></ruby>られたこの<ruby>核分裂<rt>かくぶんれつ</rt></ruby><ruby>現象<rt>げんしょう</rt></ruby>の<ruby>発見<rt>はっけん</rt></ruby>は、いわば<ruby>富士山<rt>ふじさん</rt></ruby>を<ruby>作<rt>つく</rt></ruby>っている<ruby>土<rt>つち</rt></ruby>の<ruby>粒子<rt>りゅうし</rt></ruby>の<ruby>性質<rt>せいしつ</rt></ruby>が<ruby>知<rt>し</rt></ruby>られたようなものである。 | げんしの せいしつと して しられた この かくぶんれつ げんしょーの はっけんわ、 いわば ふじさんを つくって いる つちの りゅーしの せいしつが しられたよーな もので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
その土の粒子を一粒一粒集めて富士山を作る仕事が、本当に原子爆弾を作る仕事なのである。 | その<ruby>土<rt>つち</rt></ruby>の<ruby>粒子<rt>りゅうし</rt></ruby>を<ruby>一粒<rt>ひとつぶ</rt></ruby><ruby>一粒<rt>ひとつぶ</rt></ruby><ruby>集<rt>あつ</rt></ruby>めて<ruby>富士山<rt>ふじさん</rt></ruby>を<ruby>作<rt>つく</rt></ruby>る<ruby>仕事<rt>しごと</rt></ruby>が、<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>を<ruby>作<rt>つく</rt></ruby>る<ruby>仕事<rt>しごと</rt></ruby>なのである。 | その つちの りゅーしを ひとつぶ ひとつぶ あつめて ふじさんを つくる しごとが、 ほんとーに げんし ばくだんを つくる しごとなので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
ウラニウムの核分裂の発見から原子爆弾に到達するまでに、平時だったら三十年とか五十年とかの年月を要するだろうと考えるのが普通である。 | ウラニウムの<ruby>核分裂<rt>かくぶんれつ</rt></ruby>の<ruby>発見<rt>はっけん</rt></ruby>から<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>に<ruby>到達<rt>とうたつ</rt></ruby>するまでに、<ruby>平時<rt>へいじ</rt></ruby>だったら三十<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>とか五十<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>とかの<ruby>年月<rt>ねんげつ</rt></ruby>を<ruby>要<rt>よう</rt></ruby>するだろうと<ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えるのが<ruby>普通<rt>ふつう</rt></ruby>である。 | うらにうむの かくぶんれつの はっけんから げんし ばくだんに とーたつ するまでに、 へいじだったら 30ねんとか 50ねんとかの ねんげつを よーするだろーと かんがえるのが ふつーで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
実際のところ私なども、原子爆弾が今度の戦争に間に合おうとは思っていなかった。 | <ruby>実際<rt>じっさい</rt></ruby>のところ<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>なども、<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>が<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>の<ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby>に<ruby>間<rt>ま</rt></ruby>に<ruby>合<rt>あ</rt></ruby>おうとは<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>っていなかった。 | じっさいの ところ わたしなども、 げんし ばくだんが こんどの せんそーに まにあおーとわ おもって いなかった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
太平洋戦争勃発直前ルーズベルトがこのウラニウムの核分裂の研究に着目し、これを新兵器として使うべく、チャーチルと協力して、両国の物理学者を総動員したという噂をきいても、聊か多寡をくくっていた。 | <ruby>太平洋<rt>たいへいよう</rt></ruby><ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby><ruby>勃発<rt>ぼっぱつ</rt></ruby><ruby>直前<rt>ちょくぜん</rt></ruby>ルーズベルトがこのウラニウムの<ruby>核分裂<rt>かくぶんれつ</rt></ruby>の<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>に<ruby>着目<rt>ちゃくもく</rt></ruby>し、これを<ruby>新兵器<rt>しんへいき</rt></ruby>として<ruby>使<rt>つか</rt></ruby>うべく、チャーチルと<ruby>協力<rt>きょうりょく</rt></ruby>して、<ruby>両国<rt>りょうこく</rt></ruby>の<ruby>物理<rt>ぶつり</rt></ruby><ruby>学者<rt>がくしゃ</rt></ruby>を<ruby>総動員<rt>そうどういん</rt></ruby>したという<ruby>噂<rt>うわさ</rt></ruby>をきいても、<ruby>聊<rt>いささ</rt></ruby>か<ruby>多寡<rt>たか</rt></ruby>をくくっていた。 | たいへいよー せんそー ぼっぱつ ちょくぜん るーずべるとが この うらにうむの かくぶんれつの けんきゅーに ちゃくもく し、 これを しんへいきと して つかうべく、 ちゃーちると きょーりょく して、 りょーこくの ぶつり がくしゃを そーどーいん したと いう うわさを きいても、 いささか たかを くくって いた。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
いくらアメリカが金を使い人を集めたところで、二年や三年で出来るべき性質の仕事ではないと考えられたからである。 | いくらアメリカが<ruby>金<rt>かね</rt></ruby>を<ruby>使<rt>つか</rt></ruby>い<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>を<ruby>集<rt>あつ</rt></ruby>めたところで、二<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>や三<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>で<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>るべき<ruby>性質<rt>せいしつ</rt></ruby>の<ruby>仕事<rt>しごと</rt></ruby>ではないと<ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えられたからである。 | いくら あめりかが かねを つかい ひとを あつめた ところで、 2ねんや 3ねんで できるべき せいしつの しごとでわ ないと かんがえられたからで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
ところが実際にそれが使用され、やがてその全貌が明かにされて来て、初めて今度の戦争の規模が本当によく理解されたのである。 | ところが<ruby>実際<rt>じっさい</rt></ruby>にそれが<ruby>使用<rt>しよう</rt></ruby>され、やがてその<ruby>全貌<rt>ぜんぼう</rt></ruby>が<ruby>明<rt>あきら</rt></ruby>かにされて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>て、<ruby>初<rt>はじ</rt></ruby>めて<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>の<ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby>の<ruby>規模<rt>きぼ</rt></ruby>が<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>によく<ruby>理解<rt>りかい</rt></ruby>されたのである。 | ところが じっさいに それが しよー され、 やがて その ぜんぼーが あきらかに されて きて、 はじめて こんどの せんそーの きぼが ほんとーに よく りかい されたので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
アメリカのことであるから、何百人の科学者を動員し、何千万円という研究費を使っているのかもしれないが、それにしても今度の戦争にすぐ間に合うというような生易しい仕事ではないはずである。 | アメリカのことであるから、<ruby>何百人<rt>なんびゃくにん</rt></ruby>の<ruby>科学者<rt>かがくしゃ</rt></ruby>を<ruby>動員<rt>どういん</rt></ruby>し、<ruby>何千万円<rt>なんぜんまんえん</rt></ruby>という<ruby>研究費<rt>けんきゅうひ</rt></ruby>を<ruby>使<rt>つか</rt></ruby>っているのかもしれないが、それにしても<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>の<ruby>戦争<rt>せんそう</rt></ruby>にすぐ<ruby>間<rt>ま</rt></ruby>に<ruby>合<rt>あ</rt></ruby>うというような<ruby>生易<rt>なまやさ</rt></ruby>しい<ruby>仕事<rt>しごと</rt></ruby>ではないはずである。 | あめりかの ことで あるから、 なんびゃくにんの かがくしゃを どーいん し、 なんぜんまんえんと いう けんきゅーひを つかって いるのかも しれないが、 それに しても こんどの せんそーに すぐ まにあうと いうよーな なまやさしい しごとでわ ない はずで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
こういう風に考えていたのは私たちばかりではないらしい。 | こういう<ruby>風<rt>ふう</rt></ruby>に<ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えていたのは<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>たちばかりではないらしい。 | こー いう ふーに かんがえて いたのわ わたしたちばかりでわ ないらしい。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
ところがそれがまるで桁ちがいの数字であったのである。 | ところがそれがまるで<ruby>桁<rt>けた</rt></ruby>ちがいの<ruby>数字<rt>すうじ</rt></ruby>であったのである。 | ところが それが まるで けたちがいの すーじで あったので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
「発見までには二十億ドルを費」し「六万五千を超える」技術作業員を擁した大工場の作業が、極秘|裡に進められていようとは夢にも考えていなかったのである。 | 「<ruby>発見<rt>はっけん</rt></ruby>までには二十<ruby>億<rt>おく</rt></ruby>ドルを<ruby>費<rt>ついや</rt></ruby>」し「六<ruby>万<rt>まん</rt></ruby>五<ruby>千<rt>せん</rt></ruby>を<ruby>超<rt>こ</rt></ruby>える」<ruby>技術<rt>ぎじゅつ</rt></ruby><ruby>作業員<rt>さぎょういん</rt></ruby>を<ruby>擁<rt>よう</rt></ruby>した<ruby>大工場<rt>だいこうじょう</rt></ruby>の<ruby>作業<rt>さぎょう</rt></ruby>が、<ruby>極秘裡<rt>ごくひり</rt></ruby>に<ruby>進<rt>すす</rt></ruby>められていようとは<ruby>夢<rt>ゆめ</rt></ruby>にも<ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えていなかったのである。 | 「はっけんまでにわ 20おくどるを ついや」し 「6まん 5せんを こえる」 ぎじゅつ さぎょーいんを よーした だいこーじょーの さぎょーが、 ごくひりに すすめられて いよーとわ ゆめにも かんがえて いなかったので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
この金額や人員の数は、航空機の生産の場合などには、我が国でも何も珍しいことではない。 | この<ruby>金額<rt>きんがく</rt></ruby>や<ruby>人員<rt>じんいん</rt></ruby>の<ruby>数<rt>かず</rt></ruby>は、<ruby>航空機<rt>こうくうき</rt></ruby>の<ruby>生産<rt>せいさん</rt></ruby>の<ruby>場合<rt>ばあい</rt></ruby>などには、<ruby>我<rt>わ</rt></ruby>が<ruby>国<rt>くに</rt></ruby>でも<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>も<ruby>珍<rt>めずら</rt></ruby>しいことではない。 | この きんがくや じんいんの かずわ、 こーくーきの せいさんの ばあいなどにわ、 わが くにでも なにも めずらしい ことでわ ない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
しかし驚異的の超速度で進められたとはいうものの、この原子爆弾の完成には四カ年近い年月を要している。 | しかし<ruby>驚異的<rt>きょういてき</rt></ruby>の<ruby>超速度<rt>ちょうそくど</rt></ruby>で<ruby>進<rt>すす</rt></ruby>められたとはいうものの、この<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>の<ruby>完成<rt>かんせい</rt></ruby>には四カ<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby><ruby>近<rt>ちか</rt></ruby>い<ruby>年月<rt>ねんげつ</rt></ruby>を<ruby>要<rt>よう</rt></ruby>している。 | しかし きょーいてきの ちょーそくどで すすめられたとわ いう ものの、 この げんし ばくだんの かんせいにわ 4かねん ちかい ねんげつを よーして いる。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そして今年の七月十四日に「全計画の成否を決定すべき一弾」がニューメキシコ州|僻陬の荒蕪地に建てられた鉄塔の上に吊されるまでは、それが本当に全世界を震駭させる爆弾として完成されたか否かは分らなかったのである。 | そして<ruby>今年<rt>ことし</rt></ruby>の七<ruby>月<rt>がつ</rt></ruby>十四<ruby>日<rt>か</rt></ruby>に「<ruby>全計画<rt>ぜんけいかく</rt></ruby>の<ruby>成否<rt>せいひ</rt></ruby>を<ruby>決定<rt>けってい</rt></ruby>すべき一<ruby>弾<rt>だん</rt></ruby>」がニューメキシコ<ruby>州<rt>しゅう</rt></ruby><ruby>僻陬<rt>へきすう</rt></ruby>の<ruby>荒蕪地<rt>こうぶち</rt></ruby>に<ruby>建<rt>た</rt></ruby>てられた<ruby>鉄塔<rt>てっとう</rt></ruby>の<ruby>上<rt>うえ</rt></ruby>に<ruby>吊<rt>つる</rt></ruby>されるまでは、それが<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>全世界<rt>ぜんせかい</rt></ruby>を<ruby>震駭<rt>しんがい</rt></ruby>させる<ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>として<ruby>完成<rt>かんせい</rt></ruby>されたか<ruby>否<rt>いな</rt></ruby>かは<ruby>分<rt>わか</rt></ruby>らなかったのである。 | そして ことしの 7がつ 14かに 「ぜんけいかくの せいひを けってい すべき 1だん」が にゅーめきしこしゅー へきすーの こーぶちに たてられた てっとーの うえに つるされるまでわ、 それが ほんとーに ぜんせかいを しんがい させる ばくだんと して かんせい されたか いなかわ わからなかったので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
科学者たちは多分出来るであろうと言うが、果して必ず出来るか否かは分らない仕事に、これだけの費用と人とをかけるということは、われわれには夢想だに出来なかったのである。 | <ruby>科学者<rt>かがくしゃ</rt></ruby>たちは<ruby>多分<rt>たぶん</rt></ruby><ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>るであろうと<ruby>言<rt>い</rt></ruby>うが、<ruby>果<rt>はた</rt></ruby>して<ruby>必<rt>かなら</rt></ruby>ず<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>るか<ruby>否<rt>いな</rt></ruby>かは<ruby>分<rt>わか</rt></ruby>らない<ruby>仕事<rt>しごと</rt></ruby>に、これだけの<ruby>費用<rt>ひよう</rt></ruby>と<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>とをかけるということは、われわれには<ruby>夢想<rt>むそう</rt></ruby>だに<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>なかったのである。 | かがくしゃたちわ たぶん できるで あろーと いうが、 はたして かならず できるか いなかわ わからない しごとに、 これだけの ひよーと ひととを かけると いう ことわ、 われわれにわ むそーだに できなかったので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
少し笑話になるが、我が国でも今度の大戦中、或る方面で原子核崩壊の研究委員会が出来ていた。 | <ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>し<ruby>笑話<rt>わらいばなし</rt></ruby>になるが、<ruby>我<rt>わ</rt></ruby>が<ruby>国<rt>くに</rt></ruby>でも<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>の<ruby>大戦中<rt>たいせんちゅう</rt></ruby>、<ruby>或<rt>あ</rt></ruby>る<ruby>方面<rt>ほうめん</rt></ruby>で<ruby>原子核<rt>げんしかく</rt></ruby><ruby>崩壊<rt>ほうかい</rt></ruby>の<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby><ruby>委員会<rt>いいんかい</rt></ruby>が<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>ていた。 | すこし わらいばなしに なるが、 わが くにでも こんどの たいせんちゅー、 ある ほーめんで げんしかく ほーかいの けんきゅー いいんかいが できて いた。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そこの委員である一人の優秀な物理学者が、関係官庁の要路の人のところまでわざわざ出かけて来て、その研究に必要な資材の入手|方の斡旋を乞われた。 | そこの<ruby>委員<rt>いいん</rt></ruby>である<ruby>一人<rt>ひとり</rt></ruby>の<ruby>優秀<rt>ゆうしゅう</rt></ruby>な<ruby>物理<rt>ぶつり</rt></ruby><ruby>学者<rt>がくしゃ</rt></ruby>が、<ruby>関係<rt>かんけい</rt></ruby><ruby>官庁<rt>かんちょう</rt></ruby>の<ruby>要路<rt>ようろ</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>のところまでわざわざ<ruby>出<rt>で</rt></ruby>かけて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>て、その<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>に<ruby>必要<rt>ひつよう</rt></ruby>な<ruby>資材<rt>しざい</rt></ruby>の<ruby>入手方<rt>にゅうしゅかた</rt></ruby>の<ruby>斡旋<rt>あっせん</rt></ruby>を<ruby>乞<rt>こ</rt></ruby>われた。 | そこの いいんで ある ひとりの ゆーしゅーな ぶつり がくしゃが、 かんけい かんちょーの よーろの ひとの ところまで わざわざ でかけて きて、 その けんきゅーに ひつよーな しざいの にゅーしゅかたの あっせんを こわれた。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
その時の要求が真鍮棒一本であったという話である。 | その<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>の<ruby>要求<rt>ようきゅう</rt></ruby>が<ruby>真鍮<rt>しんちゅう</rt></ruby><ruby>棒<rt>ぼう</rt></ruby>一<ruby>本<rt>ぽん</rt></ruby>であったという<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>である。 | その ときの よーきゅーが しんちゅーぼー 1ぽんで あったと いう はなしで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
冗談と思われる人もあるかもしれないが、私は自分の体験から考えて、多分それは本当の話であろうと思っている。 | <ruby>冗談<rt>じょうだん</rt></ruby>と<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>われる<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>もあるかもしれないが、<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>は<ruby>自分<rt>じぶん</rt></ruby>の<ruby>体験<rt>たいけん</rt></ruby>から<ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えて、<ruby>多分<rt>たぶん</rt></ruby>それは<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>の<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>であろうと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>っている。 | じょーだんと おもわれる ひとも あるかも しれないが、 わたしわ じぶんの たいけんから かんがえて、 たぶん それわ ほんとーの はなしで あろーと おもって いる。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
いくら日本が資材に乏しいといっても、こういう重要な問題の研究に、真鍮棒一本渡せないはずはない。 | いくら<ruby>日本<rt>にほん</rt></ruby>が<ruby>資材<rt>しざい</rt></ruby>に<ruby>乏<rt>とぼ</rt></ruby>しいといっても、こういう<ruby>重要<rt>じゅうよう</rt></ruby>な<ruby>問題<rt>もんだい</rt></ruby>の<ruby>研究<rt>けんきゅう</rt></ruby>に、<ruby>真鍮棒<rt>しんちゅうぼう</rt></ruby>一<ruby>本<rt>ぽん</rt></ruby><ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>せないはずはない。 | いくら にほんが しざいに とぼしいと いっても、 こー いう じゅーよーな もんだいの けんきゅーに、 しんちゅーぼー 1ぽん わたせない はずわ ない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
ないものは真鍮棒ではなくて、一般の科学に対する理解なのである。 | ないものは<ruby>真鍮棒<rt>しんちゅうぼう</rt></ruby>ではなくて、<ruby>一般<rt>いっぱん</rt></ruby>の<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>に<ruby>対<rt>たい</rt></ruby>する<ruby>理解<rt>りかい</rt></ruby>なのである。 | ない ものわ しんちゅーぼーでわ なくて、 いっぱんの かがくに たいする りかいなので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そしてそれほどまでに科学者以外の人々が科学に無理解であるということは、煎じつめたところ国力の不足に起因するのであろう。 | そしてそれほどまでに<ruby>科学者<rt>かがくしゃ</rt></ruby><ruby>以外<rt>いがい</rt></ruby>の<ruby>人々<rt>ひとびと</rt></ruby>が<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>に<ruby>無理解<rt>むりかい</rt></ruby>であるということは、<ruby>煎<rt>せん</rt></ruby>じつめたところ<ruby>国力<rt>こくりょく</rt></ruby>の<ruby>不足<rt>ふそく</rt></ruby>に<ruby>起因<rt>きいん</rt></ruby>するのであろう。 | そして それほどまでに かがくしゃ いがいの ひとびとが かがくに むりかいで あると いう ことわ、 せんじつめた ところ こくりょくの ふそくに きいん するので あろー。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
新しい日本の建設は、先ず何よりも国力の充実に始まらねばならない。 | <ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>日本<rt>にほん</rt></ruby>の<ruby>建設<rt>けんせつ</rt></ruby>は、<ruby>先<rt>ま</rt></ruby>ず<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>よりも<ruby>国力<rt>こくりょく</rt></ruby>の<ruby>充実<rt>じゅうじつ</rt></ruby>に<ruby>始<rt>はじ</rt></ruby>まらねばならない。 | あたらしい にほんの けんせつわ、 まず なによりも こくりょくの じゅーじつに はじまらねば ならない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そして本当に充実した国力からのみ新しい次の時代の日本の科学が産まれるのである。 | そして<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>充実<rt>じゅうじつ</rt></ruby>した<ruby>国力<rt>こくりょく</rt></ruby>からのみ<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>次<rt>つぎ</rt></ruby>の<ruby>時代<rt>じだい</rt></ruby>の<ruby>日本<rt>にほん</rt></ruby>の<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>が<ruby>産<rt>う</rt></ruby>まれるのである。 | そして ほんとーに じゅーじつ した こくりょくからのみ あたらしい つぎの じだいの にほんの かがくが うまれるので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
もっともこういう風に言うと、そのようにして産まれた次の時代の日本の科学というものが、今日のものよりも更に強力な新しい原子爆弾の発明を目指しているように誤解されるかもしれない。 | もっともこういう<ruby>風<rt>ふう</rt></ruby>に<ruby>言<rt>い</rt></ruby>うと、そのようにして<ruby>産<rt>う</rt></ruby>まれた<ruby>次<rt>つぎ</rt></ruby>の<ruby>時代<rt>じだい</rt></ruby>の<ruby>日本<rt>にほん</rt></ruby>の<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>というものが、<ruby>今日<rt>こんにち</rt></ruby>のものよりも<ruby>更<rt>さら</rt></ruby>に<ruby>強力<rt>きょうりょく</rt></ruby>な<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>の<ruby>発明<rt>はつめい</rt></ruby>を<ruby>目指<rt>めざ</rt></ruby>しているように<ruby>誤解<rt>ごかい</rt></ruby>されるかもしれない。 | もっとも こー いう ふーに いうと、 そのよーに して うまれた つぎの じだいの にほんの かがくと いう ものが、 こんにちの ものよりも さらに きょーりょくな あたらしい げんし ばくだんの はつめいを めざして いるよーに ごかい されるかも しれない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
しかし私は負け惜しみでなく、原子爆弾が我が国で発明されなかったことを、我が民族の将来のためには有難いことではなかろうかと思っている。 | しかし<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>は<ruby>負<rt>ま</rt></ruby>け<ruby>惜<rt>お</rt></ruby>しみでなく、<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>が<ruby>我<rt>わ</rt></ruby>が<ruby>国<rt>くに</rt></ruby>で<ruby>発明<rt>はつめい</rt></ruby>されなかったことを、<ruby>我<rt>わ</rt></ruby>が<ruby>民族<rt>みんぞく</rt></ruby>の<ruby>将来<rt>しょうらい</rt></ruby>のためには<ruby>有難<rt>ありがた</rt></ruby>いことではなかろうかと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>っている。 | しかし わたしわ まけおしみで なく、 げんし ばくだんが わが くにで はつめい されなかった ことを、 わが みんぞくの しょーらいの ためにわ ありがたい ことでわ なかろーかと おもって いる。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
「原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ない方が人類のためには望ましい」という考は、八年前も今も変らない。 | 「<ruby>原子核内<rt>げんしかくない</rt></ruby>の<ruby>勢力<rt>えねるぎー</rt></ruby>が<ruby>兵器<rt>へいき</rt></ruby>に<ruby>利用<rt>りよう</rt></ruby>される<ruby>日<rt>ひ</rt></ruby>が<ruby>来<rt>こ</rt></ruby>ない<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>が<ruby>人類<rt>じんるい</rt></ruby>のためには<ruby>望<rt>のぞ</rt></ruby>ましい」という<ruby>考<rt>かんがえ</rt></ruby>は、八<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby><ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>も<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>も<ruby>変<rt>かわ</rt></ruby>らない。 | 「げんしかくないの えねるぎーが へいきに りよー される ひが こない ほーが じんるいの ためにわ のぞましい」と いう かんがえわ、 8ねん まえも いまも かわらない。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
今回の原子爆弾の残虐性を知ってからは、科学もとうとう来るべき所まで来たという気持になった。 | <ruby>今回<rt>こんかい</rt></ruby>の<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>の<ruby>残虐性<rt>ざんぎゃくせい</rt></ruby>を<ruby>知<rt>し</rt></ruby>ってからは、<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>もとうとう<ruby>来<rt>く</rt></ruby>るべき<ruby>所<rt>ところ</rt></ruby>まで<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たという<ruby>気持<rt>きもち</rt></ruby>になった。 | こんかいの げんし ばくだんの ざんぎゃくせいを しってからわ、 かがくも とーとー くるべき ところまで きたと いう きもちに なった。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
遠い宇宙の果の新星の中では起っていることかもしれないが、われわれの地球上ではその創成以来堅く物質の窮極の中に秘められていた恐るべき力を、とうとう人間が解放したのである。 | <ruby>遠<rt>とお</rt></ruby>い<ruby>宇宙<rt>うちゅう</rt></ruby>の<ruby>果<rt>はて</rt></ruby>の<ruby>新星<rt>しんせい</rt></ruby>の<ruby>中<rt>なか</rt></ruby>では<ruby>起<rt>おこ</rt></ruby>っていることかもしれないが、われわれの<ruby>地球上<rt>ちきゅうじょう</rt></ruby>ではその<ruby>創成<rt>そうせい</rt></ruby><ruby>以来<rt>いらい</rt></ruby><ruby>堅<rt>かた</rt></ruby>く<ruby>物質<rt>ぶっしつ</rt></ruby>の<ruby>窮極<rt>きゅうきょく</rt></ruby>の<ruby>中<rt>なか</rt></ruby>に<ruby>秘<rt>ひ</rt></ruby>められていた<ruby>恐<rt>おそ</rt></ruby>るべき<ruby>力<rt>ちから</rt></ruby>を、とうとう<ruby>人間<rt>にんげん</rt></ruby>が<ruby>解放<rt>かいほう</rt></ruby>したのである。 | とおい うちゅーの はての しんせいの なかでわ おこって いる ことかも しれないが、 われわれの ちきゅーじょーでわ その そーせい いらい かたく ぶっしつの きゅーきょくの なかに ひめられて いた おそるべき ちからを、 とーとー にんげんが かいほー したので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
開けてはならない函の蓋を開けてしまったのである。 | <ruby>開<rt>あ</rt></ruby>けてはならない<ruby>函<rt>はこ</rt></ruby>の<ruby>蓋<rt>ふた</rt></ruby>を<ruby>開<rt>あ</rt></ruby>けてしまったのである。 | あけてわ ならない はこの ふたを あけて しまったので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
これは人類滅亡の第一歩を踏み出したことになる虞れが十分にある。 | これは<ruby>人類<rt>じんるい</rt></ruby><ruby>滅亡<rt>めつぼう</rt></ruby>の<ruby>第<rt>だい</rt></ruby>一<ruby>歩<rt>ぽ</rt></ruby>を<ruby>踏<rt>ふ</rt></ruby>み<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>したことになる<ruby>虞<rt>おそ</rt></ruby>れが<ruby>十分<rt>じゅうぶん</rt></ruby>にある。 | これわ じんるい めつぼーの だい1ぽを ふみだした ことに なる おそれが じゅーぶんに ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
今回の原子爆弾は原子火薬を使うものとしては火縄銃程度と考えるのが至当であろう。 | <ruby>今回<rt>こんかい</rt></ruby>の<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>は<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>火薬<rt>かやく</rt></ruby>を<ruby>使<rt>つか</rt></ruby>うものとしては<ruby>火縄銃<rt>ひなわじゅう</rt></ruby><ruby>程度<rt>ていど</rt></ruby>と<ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えるのが<ruby>至当<rt>しとう</rt></ruby>であろう。 | こんかいの げんし ばくだんわ げんし かやくを つかう ものと してわ ひなわじゅー ていどと かんがえるのが しとーで あろー。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
この火縄銃が大砲にまで進歩した日のことをありありと想像し得る人は少いであろう。 | この<ruby>火縄銃<rt>ひなわじゅう</rt></ruby>が<ruby>大砲<rt>たいほう</rt></ruby>にまで<ruby>進歩<rt>しんぽ</rt></ruby>した<ruby>日<rt>ひ</rt></ruby>のことをありありと<ruby>想像<rt>そうぞう</rt></ruby>し<ruby>得<rt>う</rt></ruby>る<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>は<ruby>少<rt>すくな</rt></ruby>いであろう。 | この ひなわじゅーが たいほーにまで しんぽ した ひの ことを ありありと そーぞー しうる ひとわ すくないで あろー。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
新しい発明の困難さはそれが果して本当に出来るか否かが分らない点にある。 | <ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>発明<rt>はつめい</rt></ruby>の<ruby>困難<rt>こんなん</rt></ruby>さはそれが<ruby>果<rt>はた</rt></ruby>して<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>るか<ruby>否<rt>いな</rt></ruby>かが<ruby>分<rt>わか</rt></ruby>らない<ruby>点<rt>てん</rt></ruby>にある。 | あたらしい はつめいの こんなんさわ それが はたして ほんとーに できるか いなかが わからない てんに ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
一度何処かでその可能性が立証されてしまえば、もう半分は出来たようなものである。 | 一<ruby>度<rt>ど</rt></ruby><ruby>何処<rt>どこ</rt></ruby>かでその<ruby>可能性<rt>かのうせい</rt></ruby>が<ruby>立証<rt>りっしょう</rt></ruby>されてしまえば、もう<ruby>半分<rt>はんぶん</rt></ruby>は<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>たようなものである。 | 1ど どこかで その かのーせいが りっしょー されて しまえば、 もー はんぶんわ できたよーな もので ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
米英両国以外でも間もなく色々な型の原子爆弾が出来る日はもう遠くはあるまい。 | <ruby>米英<rt>べいえい</rt></ruby><ruby>両国<rt>りょうこく</rt></ruby><ruby>以外<rt>いがい</rt></ruby>でも<ruby>間<rt>ま</rt></ruby>もなく<ruby>色々<rt>いろいろ</rt></ruby>な<ruby>型<rt>かた</rt></ruby>の<ruby>原子<rt>げんし</rt></ruby><ruby>爆弾<rt>ばくだん</rt></ruby>が<ruby>出来<rt>でき</rt></ruby>る<ruby>日<rt>ひ</rt></ruby>はもう<ruby>遠<rt>とお</rt></ruby>くはあるまい。 | べいえい りょーこく いがいでも まもなく いろいろな かたの げんし ばくだんが できる ひわ もー とおくわ あるまい。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そしてそれが長距離ロケット砲と組合わされて、地球上を縦横にとび廻る日の人類最後の姿を想像することは止めよう。 | そしてそれが<ruby>長距離<rt>ちょうきょり</rt></ruby>ロケット<ruby>砲<rt>ほう</rt></ruby>と<ruby>組合<rt>くみあ</rt></ruby>わされて、<ruby>地球上<rt>ちきゅうじょう</rt></ruby>を<ruby>縦横<rt>じゅうおう</rt></ruby>にとび<ruby>廻<rt>まわ</rt></ruby>る<ruby>日<rt>ひ</rt></ruby>の<ruby>人類<rt>じんるい</rt></ruby><ruby>最後<rt>さいご</rt></ruby>の<ruby>姿<rt>すがた</rt></ruby>を<ruby>想像<rt>そうぞう</rt></ruby>することは<ruby>止<rt>や</rt></ruby>めよう。 | そして それが ちょーきょり ろけっとほーと くみあわされて、 ちきゅーじょーを じゅーおーに とびまわる ひの じんるい さいごの すがたを そーぞー する ことわ やめよー。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
「科学は人類に幸福をもたらすものではない」という西欧の哲人の言葉は、益々はっきりと浮び上って来そうな気配がある。 | 「<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>は<ruby>人類<rt>じんるい</rt></ruby>に<ruby>幸福<rt>こうふく</rt></ruby>をもたらすものではない」という<ruby>西欧<rt>せいおう</rt></ruby>の<ruby>哲人<rt>てつじん</rt></ruby>の<ruby>言葉<rt>ことば</rt></ruby>は、<ruby>益々<rt>ますます</rt></ruby>はっきりと<ruby>浮<rt>うか</rt></ruby>び<ruby>上<rt>あが</rt></ruby>って<ruby>来<rt>き</rt></ruby>そうな<ruby>気配<rt>けはい</rt></ruby>がある。 | 「かがくわ じんるいに こーふくを もたらす ものでわ ない」と いう せいおーの てつじんの ことばわ、 ますます はっきりと うかびあがって きそーな けはいが ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
しかし科学というものは本来は、そういうものではないはずである。 | しかし<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>というものは<ruby>本来<rt>ほんらい</rt></ruby>は、そういうものではないはずである。 | しかし かがくと いう ものわ ほんらいわ、 そー いう ものでわ ない はずで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
自然がその奥深く秘めた神秘への人間の憧憬の心が科学の心である。 | <ruby>自然<rt>しぜん</rt></ruby>がその<ruby>奥<rt>おく</rt></ruby><ruby>深<rt>ふか</rt></ruby>く<ruby>秘<rt>ひ</rt></ruby>めた<ruby>神秘<rt>しんぴ</rt></ruby>への<ruby>人間<rt>にんげん</rt></ruby>の<ruby>憧憬<rt>しょうけい</rt></ruby>の<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>が<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>の<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>である。 | しぜんが その おく ふかく ひめた しんぴえの にんげんの しょーけいの こころが かがくの こころで ある。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
現代の科学は余りにもその最も悪い一面のみが抽出されている。 | <ruby>現代<rt>げんだい</rt></ruby>の<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>は<ruby>余<rt>あま</rt></ruby>りにもその<ruby>最<rt>もっと</rt></ruby>も<ruby>悪<rt>わる</rt></ruby>い一<ruby>面<rt>めん</rt></ruby>のみが<ruby>抽出<rt>ちゅうしゅつ</rt></ruby>されている。 | げんだいの かがくわ あまりにも その もっとも わるい 1めんのみが ちゅーしゅつ されて いる。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
われわれの次の時代の科学はもっとその本来の姿のものであって欲しい。 | われわれの<ruby>次<rt>つぎ</rt></ruby>の<ruby>時代<rt>じだい</rt></ruby>の<ruby>科学<rt>かがく</rt></ruby>はもっとその<ruby>本来<rt>ほんらい</rt></ruby>の<ruby>姿<rt>すがた</rt></ruby>のものであって<ruby>欲<rt>ほ</rt></ruby>しい。 | われわれの つぎの じだいの かがくわ もっと その ほんらいの すがたの もので あって ほしい。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
そういう願いを持つ人は、我国ばかりではなく、米国にも英国にも沢山いることであろう。 | そういう<ruby>願<rt>ねが</rt></ruby>いを<ruby>持<rt>も</rt></ruby>つ<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>は、<ruby>我<rt>わが</rt></ruby><ruby>国<rt>くに</rt></ruby>ばかりではなく、<ruby>米国<rt>べいこく</rt></ruby>にも<ruby>英国<rt>えいこく</rt></ruby>にも<ruby>沢山<rt>たくさん</rt></ruby>いることであろう。 | そー いう ねがいを もつ ひとわ、 わが くにばかりでわ なく、 べいこくにも えいこくにも たくさん いる ことで あろー。 | 中谷宇吉郎/原子爆弾雑話/genshibakudan.txt |
先だって久しぶりに小宮さんと会った時、何かの拍子に露伴先生の話が出た。 | <ruby>先<rt>せん</rt></ruby>だって<ruby>久<rt>ひさ</rt></ruby>しぶりに<ruby>小宮<rt>こみや</rt></ruby>さんと<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>った<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>、<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>かの<ruby>拍子<rt>ひょうし</rt></ruby>に<ruby>露伴<rt>ろはん</rt></ruby><ruby>先生<rt>せんせい</rt></ruby>の<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>が<ruby>出<rt>で</rt></ruby>た。 | せんだって ひさしぶりに こみや さんと あった とき、 なにかの ひょーしに ろはん せんせいの はなしが でた。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
そして文さんの『父』のことなどを話しているうちに、小宮さんが、「そういえば、幸田さんは死ぬ前に「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」といったそうだが、あれは君、大変なことだよ。 | そして<ruby>文<rt>あや</rt></ruby>さんの『<ruby>父<rt>ちち</rt></ruby>』のことなどを<ruby>話<rt>はな</rt></ruby>しているうちに、<ruby>小宮<rt>こみや</rt></ruby>さんが、「そういえば、<ruby>幸田<rt>こうだ</rt></ruby>さんは<ruby>死<rt>し</rt></ruby>ぬ<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>に「じゃ、おれはもう<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んじゃうよ」といったそうだが、あれは<ruby>君<rt>きみ</rt></ruby>、<ruby>大変<rt>たいへん</rt></ruby>なことだよ。 | そして あや さんの 『ちち』の ことなどを はなして いる うちに、 こみや さんが、 「そー いえば、 こーだ さんわ しぬ まえに 〈じゃ、 おれわ もー しんじゃうよ〉と いったそーだが、 あれわ きみ、 たいへんな ことだよ。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
幸田さんという人は、よほど傑かったんだね」としみじみいわれた。 | <ruby>幸田<rt>こうだ</rt></ruby>さんという<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>は、よほど<ruby>傑<rt>えら</rt></ruby>かったんだね」としみじみいわれた。 | こーだ さんと いう ひとわ、 よほど えらかったんだね」と しみじみ いわれた。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
私も実は『父』を読んだ時に、あの言葉に出遭って、思わずどきっとしたのである。 | <ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>も<ruby>実<rt>じつ</rt></ruby>は『<ruby>父<rt>ちち</rt></ruby>』を<ruby>読<rt>よ</rt></ruby>んだ<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>に、あの<ruby>言葉<rt>ことば</rt></ruby>に<ruby>出遭<rt>であ</rt></ruby>って、<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>わずどきっとしたのである。 | わたしも じつわ 『ちち』を よんだ ときに、 あの ことばに であって、 おもわず どきっと したので ある。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
それで、「あれには本当に驚きました。 | それで、「あれには<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>驚<rt>おどろ</rt></ruby>きました。 | それで、 「あれにわ ほんとーに おどろきました。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
辞世の歌などにはそう感心したこともありませんが、あれにはびっくりしました。 | <ruby>辞世<rt>じせい</rt></ruby>の<ruby>歌<rt>うた</rt></ruby>などにはそう<ruby>感心<rt>かんしん</rt></ruby>したこともありませんが、あれにはびっくりしました。 | じせいの うたなどにわ そー かんしん した ことも ありませんが、 あれにわ びっくり しました。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
今までああいうことをいった人はなかったんじゃないでしょうか」と、心から同感した。 | <ruby>今<rt>いま</rt></ruby>までああいうことをいった<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>はなかったんじゃないでしょうか」と、<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>から<ruby>同感<rt>どうかん</rt></ruby>した。 | いままで ああ いう ことを いった ひとわ なかったんじゃ ないでしょーか」と、 こころから どーかん した。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
昭和二十二年即ち終戦二年目の夏は、何十年ぶりという暑さであった。 | <ruby>昭和<rt>しょうわ</rt></ruby>二十二<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby><ruby>即<rt>すなわ</rt></ruby>ち<ruby>終戦<rt>しゅうせん</rt></ruby>二<ruby>年目<rt>ねんめ</rt></ruby>の<ruby>夏<rt>なつ</rt></ruby>は、<ruby>何十年<rt>なんじゅうねん</rt></ruby>ぶりという<ruby>暑<rt>あつ</rt></ruby>さであった。 | しょーわ 22ねん すなわち しゅーせん 2ねんめの なつわ、 なんじゅーねんぶりと いう あつさで あった。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
東京はまだ廃墟の面影を残している。 | <ruby>東京<rt>とうきょう</rt></ruby>はまだ<ruby>廃墟<rt>はいきょ</rt></ruby>の<ruby>面影<rt>おもかげ</rt></ruby>を<ruby>残<rt>のこ</rt></ruby>している。 | とーきょーわ まだ はいきょの おもかげを のこして いる。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
焦土の上を赤熱の太陽が、無慈悲に灼きつけていた。 | <ruby>焦土<rt>しょうど</rt></ruby>の<ruby>上<rt>うえ</rt></ruby>を<ruby>赤熱<rt>しゃくねつ</rt></ruby>の<ruby>太陽<rt>たいよう</rt></ruby>が、<ruby>無慈悲<rt>むじひ</rt></ruby>に<ruby>灼<rt>や</rt></ruby>きつけていた。 | しょーどの うえを しゃくねつの たいよーが、 むじひに やきつけて いた。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
人々は虚脱状態を抜け切らず、炎熱と土埃との中にあえいでいた。 | <ruby>人々<rt>ひとびと</rt></ruby>は<ruby>虚脱<rt>きょだつ</rt></ruby><ruby>状態<rt>じょうたい</rt></ruby>を<ruby>抜<rt>ぬ</rt></ruby>け<ruby>切<rt>き</rt></ruby>らず、<ruby>炎熱<rt>えんねつ</rt></ruby>と<ruby>土埃<rt>つちぼこり</rt></ruby>との<ruby>中<rt>なか</rt></ruby>にあえいでいた。 | ひとびとわ きょだつ じょーたいを ぬけきらず、 えんねつと つちぼこりとの なかに あえいで いた。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
この夏露伴先生は市川の陋屋で、最後の病床についておられた。 | この<ruby>夏<rt>なつ</rt></ruby><ruby>露伴<rt>ろはん</rt></ruby><ruby>先生<rt>せんせい</rt></ruby>は<ruby>市川<rt>いちかわ</rt></ruby>の<ruby>陋屋<rt>ろうおく</rt></ruby>で、<ruby>最後<rt>さいご</rt></ruby>の<ruby>病床<rt>びょうしょう</rt></ruby>についておられた。 | この なつ ろはん せんせいわ いちかわの ろーおくで、 さいごの びょーしょーに ついて おられた。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
七月十一日から始った口腔内の出血が、なかなか止らず、容態は急激に悪化していった。 | 七<ruby>月<rt>がつ</rt></ruby>十一<ruby>日<rt>にち</rt></ruby>から<ruby>始<rt>はじま</rt></ruby>った<ruby>口腔内<rt>こうこうない</rt></ruby>の<ruby>出血<rt>しゅっけつ</rt></ruby>が、なかなか<ruby>止<rt>とま</rt></ruby>らず、<ruby>容態<rt>ようだい</rt></ruby>は<ruby>急激<rt>きゅうげき</rt></ruby>に<ruby>悪化<rt>あっか</rt></ruby>していった。 | 7がつ 11にちから はじまった こーこーないの しゅっけつが、 なかなか とまらず、 よーだいわ きゅーげきに あっか して いった。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
そして死の二日前、二十八日のあけがた、先生は終焉の人がよく見せるあの小康を得て、文さんとやや長い話をして、最後に「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」といわれたのだそうである。 | そして<ruby>死<rt>し</rt></ruby>の<ruby>二日<rt>ふつか</rt></ruby><ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>、二十八<ruby>日<rt>にち</rt></ruby>のあけがた、<ruby>先生<rt>せんせい</rt></ruby>は<ruby>終焉<rt>しゅうえん</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>がよく<ruby>見<rt>み</rt></ruby>せるあの<ruby>小康<rt>しょうこう</rt></ruby>を<ruby>得<rt>え</rt></ruby>て、<ruby>文<rt>あや</rt></ruby>さんとやや<ruby>長<rt>なが</rt></ruby>い<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>をして、<ruby>最後<rt>さいご</rt></ruby>に「じゃ、おれはもう<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んじゃうよ」といわれたのだそうである。 | そして しの ふつか まえ、 28にちの あけがた、 せんせいわ しゅーえんの ひとが よく みせる あの しょーこーを えて、 あや さんと やや ながい はなしを して、 さいごに 「じゃ、 おれわ もー しんじゃうよ」と いわれたのだそーで ある。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
この言葉は、死を覚悟するとか、従容として死に就くとかいうのとは、少し違うように、私には思われる。 | この<ruby>言葉<rt>ことば</rt></ruby>は、<ruby>死<rt>し</rt></ruby>を<ruby>覚悟<rt>かくご</rt></ruby>するとか、<ruby>従容<rt>しょうよう</rt></ruby>として<ruby>死<rt>し</rt></ruby>に<ruby>就<rt>つ</rt></ruby>くとかいうのとは、<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>し<ruby>違<rt>ちが</rt></ruby>うように、<ruby>私<rt>わたし</rt></ruby>には<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>われる。 | この ことばわ、 しを かくご するとか、 しょーよーと して しに つくとか いうのとわ、 すこし ちがうよーに、 わたしにわ おもわれる。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
古来、老僧高士が死に臨んで少しも恐れず、立派な辞世の句だの偈だのを残して帰するが如くに逝った例は、非常に沢山ある。 | <ruby>古来<rt>こらい</rt></ruby>、<ruby>老僧<rt>ろうそう</rt></ruby><ruby>高士<rt>こうし</rt></ruby>が<ruby>死<rt>し</rt></ruby>に<ruby>臨<rt>のぞ</rt></ruby>んで<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>しも<ruby>恐<rt>おそ</rt></ruby>れず、<ruby>立派<rt>りっぱ</rt></ruby>な<ruby>辞世<rt>じせい</rt></ruby>の<ruby>句<rt>く</rt></ruby>だの<ruby>偈<rt>げ</rt></ruby>だのを<ruby>残<rt>のこ</rt></ruby>して<ruby>帰<rt>き</rt></ruby>するが<ruby>如<rt>ごと</rt></ruby>くに<ruby>逝<rt>い</rt></ruby>った<ruby>例<rt>れい</rt></ruby>は、<ruby>非常<rt>ひじょう</rt></ruby>に<ruby>沢山<rt>たくさん</rt></ruby>ある。 | こらい、 ろーそー こーしが しに のぞんで すこしも おそれず、 りっぱな じせいの くだの げだのを のこして きするがごとくに いった れいわ、 ひじょーに たくさん ある。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
しかしその句や偈などが立派であればあるほど、そこに何となく生を意識しての死という感じが、頭のどこかに残った。 | しかしその<ruby>句<rt>く</rt></ruby>や<ruby>偈<rt>げ</rt></ruby>などが<ruby>立派<rt>りっぱ</rt></ruby>であればあるほど、そこに<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>となく<ruby>生<rt>せい</rt></ruby>を<ruby>意識<rt>いしき</rt></ruby>しての<ruby>死<rt>し</rt></ruby>という<ruby>感<rt>かん</rt></ruby>じが、<ruby>頭<rt>あたま</rt></ruby>のどこかに<ruby>残<rt>のこ</rt></ruby>った。 | しかし その くや げなどが りっぱで あれば あるほど、 そこに なんとなく せいを いしき しての しと いう かんじが、 あたまの どこかに のこった。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |
しかし露伴先生の「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」には、生を意識しての死というものが、全然感ぜられない。 | しかし<ruby>露伴<rt>ろはん</rt></ruby><ruby>先生<rt>せんせい</rt></ruby>の「じゃ、おれはもう<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んじゃうよ」には、<ruby>生<rt>せい</rt></ruby>を<ruby>意識<rt>いしき</rt></ruby>しての<ruby>死<rt>し</rt></ruby>というものが、<ruby>全然<rt>ぜんぜん</rt></ruby><ruby>感<rt>かん</rt></ruby>ぜられない。 | しかし ろはん せんせいの 「じゃ、 おれわ もー しんじゃうよ」にわ、 せいを いしき しての しと いう ものが、 ぜんぜん かんぜられない。 | 中谷宇吉郎/露伴先生と神仙道/rohansenseito.txt |