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板前さん――駕籠はまだかい。
<ruby>板前<rt>いたまえ</rt></ruby>さん――<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>はまだかい。
いたまえさん -- かごわ まだかい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(廊下へ出る)
(<ruby>廊下<rt>ろうか</rt></ruby>へ<ruby>出<rt>で</rt></ruby>る)
(ろーかえ でる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 (泣き崩れる)
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>(<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>き<ruby>崩<rt>くず</rt></ruby>れる)
おとせ (なきくずれる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
第三場 荒川堤(引返)
<ruby>第<rt>だい</rt></ruby>三<ruby>場<rt>ば</rt></ruby><ruby>荒川堤<rt>あらかわづつみ</rt></ruby>(<ruby>引返<rt>ひきかえし</rt></ruby>)
だい3ば あらかわづつみ (ひきかえし)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
前の場の夜が明けかかる頃。
<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>の<ruby>場<rt>ば</rt></ruby>の<ruby>夜<rt>よ</rt></ruby>が<ruby>明<rt>あ</rt></ruby>けかかる<ruby>頃<rt>ころ</rt></ruby>。
≪ まえの ばの よが あけかかる ころ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
戸田の渡しに近き荒川沿岸の雨後。
<ruby>戸田<rt>とだ</rt></ruby>の<ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>しに<ruby>近<rt>ちか</rt></ruby>き<ruby>荒川<rt>あらかわ</rt></ruby><ruby>沿岸<rt>えんがん</rt></ruby>の<ruby>雨後<rt>うご</rt></ruby>。
とだの わたしに ちかき あらかわ えんがんの うご。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
向うに堤――堤の下はところどころ立木。
<ruby>向<rt>むこ</rt></ruby>うに<ruby>堤<rt>つつみ</rt></ruby>――<ruby>堤<rt>つつみ</rt></ruby>の<ruby>下<rt>した</rt></ruby>はところどころ<ruby>立木<rt>たちき</rt></ruby>。
むこーに つつみ -- つつみの したわ ところどころ たちき。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
穂の出た芒が一杯に乱れている。
<ruby>穂<rt>ほ</rt></ruby>の<ruby>出<rt>で</rt></ruby>た<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>が<ruby>一杯<rt>いっぱい</rt></ruby>に<ruby>乱<rt>みだ</rt></ruby>れている。
ほの でた すすきが いっぱいに みだれて いる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
ただ正面奥は左から右へ渡し場の通路になっているのと、左寄りから奥へ思い切って斜めに径がついているのとで、そこだけに芒がない。
ただ<ruby>正面<rt>しょうめん</rt></ruby><ruby>奥<rt>おく</rt></ruby>は<ruby>左<rt>ひだり</rt></ruby>から<ruby>右<rt>みぎ</rt></ruby>へ<ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>し<ruby>場<rt>ば</rt></ruby>の<ruby>通路<rt>つうろ</rt></ruby>になっているのと、<ruby>左寄<rt>ひだりよ</rt></ruby>りから<ruby>奥<rt>おく</rt></ruby>へ<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>切<rt>き</rt></ruby>って<ruby>斜<rt>なな</rt></ruby>めに<ruby>径<rt>みち</rt></ruby>がついているのとで、そこだけに<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>がない。
ただ しょーめん おくわ ひだりから みぎえ わたしばの つーろに なって いるのと、 ひだりよりから おくえ おもいきって ななめに みちが ついて いるのとで、 そこだけに すすきが ない。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
左寄りに水溜があって、その附近にも芒がない。
<ruby>左寄<rt>ひだりよ</rt></ruby>りに<ruby>水溜<rt>みずたまり</rt></ruby>があって、その<ruby>附近<rt>ふきん</rt></ruby>にも<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>がない。
ひだりよりに みずたまりが あって、 その ふきんにも すすきが ない
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
船夫 (一番の渡船を出しに行く戸田の渡しの常雇い、水棹を担いで径を通る)
<ruby>船夫<rt>せんぷ</rt></ruby>(一<ruby>番<rt>ばん</rt></ruby>の<ruby>渡船<rt>わたしぶね</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しに<ruby>行<rt>い</rt></ruby>く<ruby>戸田<rt>とだ</rt></ruby>の<ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>しの<ruby>常雇<rt>じょうやと</rt></ruby>い、<ruby>水棹<rt>みさお</rt></ruby>を<ruby>担<rt>かつ</rt></ruby>いで<ruby>径<rt>みち</rt></ruby>を<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>る)
≪ せんぷ (1ばんの わたしぶねを だしに いく とだの わたしの じょーやとい、 みさおを かついで みちを とおる) ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
船頭歌が、どこからか聞えてくる。
<ruby>船頭歌<rt>せんどううた</rt></ruby>が、どこからか<ruby>聞<rt>きこ</rt></ruby>えてくる。
せんどーうたが、 どこからか きこえて くる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
余り遠くない。
<ruby>余<rt>あま</rt></ruby>り<ruby>遠<rt>とお</rt></ruby>くない。
あまり とおく ない ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
船頭歌 荒川船頭衆と、わたしの恋路。
<ruby>船頭歌<rt>せんどううた</rt></ruby><ruby>荒川<rt>あらかわ</rt></ruby><ruby>船頭衆<rt>せんどうしゅう</rt></ruby>と、わたしの<ruby>恋路<rt>こいじ</rt></ruby>。
せんどーうた あらかわ せんどーしゅーと、 わたしの こいじ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
梶をとりとり、風任かせ。
<ruby>梶<rt>かじ</rt></ruby>をとりとり、<ruby>風任<rt>かぜま</rt></ruby>かせ。
かじを とり とり、 かぜまかせ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
提灯をつけた駕籠が正面の路を渡し場の方へ急いで通る。
<ruby>提灯<rt>ちょうちん</rt></ruby>をつけた<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>が<ruby>正面<rt>しょうめん</rt></ruby>の<ruby>路<rt>みち</rt></ruby>を<ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>し<ruby>場<rt>ば</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>へ<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>いで<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>る。
≪ ちょーちんを つけた かごが しょーめんの みちを わたしばの ほーえ いそいで とおる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
駕丁は三人。
<ruby>駕丁<rt>かごや</rt></ruby>は三<ruby>人<rt>にん</rt></ruby>。
かごやわ 3にん ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (その駕籠に乗って、心も空に焦慮っている)
おはま(その<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>に<ruby>乗<rt>の</rt></ruby>って、<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>も<ruby>空<rt>そら</rt></ruby>に<ruby>焦慮<rt>あせ</rt></ruby>っている)
おはま (その かごに のって、 こころも そらに あせって いる
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
船夫 (駕籠を見送り、正面の路に入りて渡し場に去る)
<ruby>船夫<rt>せんぷ</rt></ruby>(<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>を<ruby>見送<rt>みおく</rt></ruby>り、<ruby>正面<rt>しょうめん</rt></ruby>の<ruby>路<rt>みち</rt></ruby>に<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>りて<ruby>渡<rt>わた</rt></ruby>し<ruby>場<rt>ば</rt></ruby>に<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
( せんぷ (かごを みおくり、 しょーめんの みちに はいりて わたしばに さる) ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
もう一梃、駕籠が正面の路を同じように急ぎ通る。
もう一<ruby>梃<rt>ちょう</rt></ruby>、<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>が<ruby>正面<rt>しょうめん</rt></ruby>の<ruby>路<rt>みち</rt></ruby>を<ruby>同<rt>おな</rt></ruby>じように<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>る。
もー 1ちょー、 かごが しょーめんの みちを おなじよーに いそぎ とおる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 (駕籠に乗り、心を川向うに飛ばしている)
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>(<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>に<ruby>乗<rt>の</rt></ruby>り、<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>を<ruby>川向<rt>かわむこ</rt></ruby>うに<ruby>飛<rt>と</rt></ruby>ばしている)
おとせ (かごに のり、 こころを かわむこーに とばして いる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 (提灯を提げ、お登世の駕籠に付いて走って通る)
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>(<ruby>提灯<rt>ちょうちん</rt></ruby>を<ruby>提<rt>さ</rt></ruby>げ、お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>の<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>に<ruby>付<rt>つ</rt></ruby>いて<ruby>走<rt>はし</rt></ruby>って<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>る)
ぜんざぶろー (ちょーちんを さげ、 おとせの かごに ついて はしって とおる) ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
船頭歌が前よりは少し近く聞える。
<ruby>船頭歌<rt>せんどううた</rt></ruby>が<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>よりは<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>し<ruby>近<rt>ちか</rt></ruby>く<ruby>聞<rt>きこ</rt></ruby>える。
せんどーうたが まえよりわ すこし ちかく きこえる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
船頭歌 春は世に出る、草木もあるに、わたしゃ枯れ野のきりぎりす。
<ruby>船頭歌<rt>せんどううた</rt></ruby><ruby>春<rt>はる</rt></ruby>は<ruby>世<rt>よ</rt></ruby>に<ruby>出<rt>で</rt></ruby>る、<ruby>草木<rt>くさき</rt></ruby>もあるに、わたしゃ<ruby>枯<rt>か</rt></ruby>れ<ruby>野<rt>の</rt></ruby>のきりぎりす。
せんどーうた はるわ よに でる、 くさきも あるに、 わたしゃ かれのの きりぎりす。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
素盲の金五郎、すわといえば直ぐに立つ軽装を、巧みに合羽で糊塗している。
<ruby>素盲<rt>すめくら</rt></ruby>の<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>、すわといえば<ruby>直<rt>す</rt></ruby>ぐに<ruby>立<rt>た</rt></ruby>つ<ruby>軽装<rt>けいそう</rt></ruby>を、<ruby>巧<rt>たく</rt></ruby>みに<ruby>合羽<rt>かっぱ</rt></ruby>で<ruby>糊塗<rt>かく</rt></ruby>している。
≪ すめくらの きんごろー、 すわと いえば すぐに たつ けいそーを、 たくみに かっぱで かくして いる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 (斜めの径の中程で、長脇差の鍔を鳴らす)
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>(<ruby>斜<rt>なな</rt></ruby>めの<ruby>径<rt>みち</rt></ruby>の<ruby>中程<rt>なかほど</rt></ruby>で、<ruby>長脇差<rt>ながわきざし</rt></ruby>の<ruby>鍔<rt>つば</rt></ruby>を<ruby>鳴<rt>な</rt></ruby>らす)
きんごろー (ななめの みちの なかほどで、 ながわきざしの つばを ならす
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田要助、酒毒で顔に赤い斑がある、袴、足駄穿き、武芸の心得あり気で、野卑な浮浪人。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>要助<rt>ようすけ</rt></ruby>、<ruby>酒毒<rt>しゅどく</rt></ruby>で<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>に<ruby>赤<rt>あか</rt></ruby>い<ruby>斑<rt>まだら</rt></ruby>がある、<ruby>袴<rt>はかま</rt></ruby>、<ruby>足駄穿<rt>あしだば</rt></ruby>き、<ruby>武芸<rt>ぶげい</rt></ruby>の<ruby>心得<rt>こころえ</rt></ruby>あり<ruby>気<rt>げ</rt></ruby>で、<ruby>野卑<rt>やひ</rt></ruby>な<ruby>浮浪人<rt>ふろうにん</rt></ruby>。
( ≪ とばた よーすけ、 しゅどくで かおに あかい まだらが ある、 はかま、 あしだばき、 ぶげいの こころえ ありげで、 やひな ふろーにん ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 (芒むらからぬッと出て、駕籠の行きたる方を見て、金五郎に)おい。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>(<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>むらからぬッと<ruby>出<rt>で</rt></ruby>て、<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>の<ruby>行<rt>い</rt></ruby>きたる<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>て、<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>に)おい。
とばた (すすきむらから ぬっと でて、 かごの いきたる ほーを みて、 きんごろーに) おい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
今の、あれは何者だ。
<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>の、あれは<ruby>何者<rt>なにもの</rt></ruby>だ。
いまの、 あれわ なにものだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 何が(駕籠の方を見て)何だかなあ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>何<rt>なに</rt></ruby>が(<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>て)<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だかなあ。
きんごろー なにが (かごの ほーを みて) なんだかなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 前後二梃、いずれも客は女であった。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>前後<rt>ぜんご</rt></ruby>二<ruby>梃<rt>ちょう</rt></ruby>、いずれも<ruby>客<rt>きゃく</rt></ruby>は<ruby>女<rt>おんな</rt></ruby>であった。
とばた ぜんご 2ちょー、 いずれも きゃくわ おんなで あった。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 左様だったか、女ならもう少し早く来て見るのだった、惜しいことをした。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>左様<rt>そう</rt></ruby>だったか、<ruby>女<rt>おんな</rt></ruby>ならもう<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>し<ruby>早<rt>はや</rt></ruby>く<ruby>来<rt>き</rt></ruby>て<ruby>見<rt>み</rt></ruby>るのだった、<ruby>惜<rt>お</rt></ruby>しいことをした。
きんごろー そーだったか、 おんななら もー すこし はやく きて みるのだった、 おしい ことを した。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 忠太郎とか申す奴、まさか途中で逸れはしまいな。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>とか<ruby>申<rt>もう</rt></ruby>す<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>、まさか<ruby>途中<rt>とちゅう</rt></ruby>で<ruby>逸<rt>そ</rt></ruby>れはしまいな。
とばた ちゅーたろーとか もーす やつ、 まさか とちゅーで それわ しまいな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
もし逸れでもすると、折角の三両が水の泡だ。
もし<ruby>逸<rt>そ</rt></ruby>れでもすると、<ruby>折角<rt>せっかく</rt></ruby>の三<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>が<ruby>水<rt>みず</rt></ruby>の<ruby>泡<rt>あわ</rt></ruby>だ。
もし それでも すると、 せっかくの 3りょーが みずの あわだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 心配するな。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>心配<rt>しんぱい</rt></ruby>するな。
きんごろー しんぱい するな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
もう直きやってくる。
もう<ruby>直<rt>じ</rt></ruby>きやってくる。
もー じき やって くる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 確かに来るな。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>確<rt>たし</rt></ruby>かに<ruby>来<rt>く</rt></ruby>るな。
とばた たしかに くるな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 ひどく念を押すじゃねえか。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>ひどく<ruby>念<rt>ねん</rt></ruby>を<ruby>押<rt>お</rt></ruby>すじゃねえか。
きんごろー ひどく ねんを おすじゃ ねえか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 確かに来ると決まったら、約束の金三両、手附の一両は貰ってあるから、残金二両、受取ろう。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>確<rt>たし</rt></ruby>かに<ruby>来<rt>く</rt></ruby>ると<ruby>決<rt>き</rt></ruby>まったら、<ruby>約束<rt>やくそく</rt></ruby>の<ruby>金<rt>きん</rt></ruby>三<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>、<ruby>手附<rt>てつけ</rt></ruby>の一<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>は<ruby>貰<rt>もら</rt></ruby>ってあるから、<ruby>残金<rt>ざんきん</rt></ruby>二<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>、<ruby>受取<rt>うけと</rt></ruby>ろう。
とばた たしかに くると きまったら、 やくそくの きん 3りょー、 てつけの 1りょーわ もらって あるから、 ざんきん 2りょー、 うけとろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 やってもいいがお前、金は前取してあるからとて斬り合いになってうしろを見せる気じゃあるめえな。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>やってもいいがお<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>、<ruby>金<rt>かね</rt></ruby>は<ruby>前取<rt>まえどり</rt></ruby>してあるからとて<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>り<ruby>合<rt>あ</rt></ruby>いになってうしろを<ruby>見<rt>み</rt></ruby>せる<ruby>気<rt>き</rt></ruby>じゃあるめえな。
きんごろー やっても いいが おめえ、 かねわ まえどり して あるからとて きりあいに なって うしろを みせる きじゃ あるめえな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(金をやる)
(<ruby>金<rt>かね</rt></ruby>をやる)
(かねを やる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 痩せても枯れても鳥羽田要助、そんな真似をいたすものか。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>痩<rt>や</rt></ruby>せても<ruby>枯<rt>か</rt></ruby>れても<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>要助<rt>ようすけ</rt></ruby>、そんな<ruby>真似<rt>まね</rt></ruby>をいたすものか。
とばた やせても かれても とばた よーすけ、 そんな まねを いたす ものか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
それよりはそっちの方こそ大丈夫かな。
それよりはそっちの<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>こそ<ruby>大丈夫<rt>だいじょうぶ</rt></ruby>かな。
それよりわ そっちの ほーこそ だいじょーぶかな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 俺も素盲の金五郎だ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>も<ruby>素盲<rt>すめくら</rt></ruby>の<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>だ。
きんごろー おれも すめくらの きんごろーだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
これでも人の二人や三人は、叩ッ斬ったことのある男だ。
これでも<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>の<ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>や三<ruby>人<rt>にん</rt></ruby>は、<ruby>叩<rt>たた</rt></ruby>ッ<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>ったことのある<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>だ。
これでも ひとの ふたりや 3にんわ、 たたっきった ことの ある おとこだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 人を斬った数なら決して人後に落ちぬ鳥羽田要助だ。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>を<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>った<ruby>数<rt>かず</rt></ruby>なら<ruby>決<rt>けっ</rt></ruby>して<ruby>人後<rt>じんご</rt></ruby>に<ruby>落<rt>お</rt></ruby>ちぬ<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>要助<rt>ようすけ</rt></ruby>だ。
とばた ひとを きった かずなら けっして じんごに おちぬ とばた よーすけだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
草ばくち打ちの一人や二人、何の造作もないことだ。
<ruby>草<rt>くさ</rt></ruby>ばくち<ruby>打<rt>う</rt></ruby>ちの<ruby>一人<rt>ひとり</rt></ruby>や<ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>、<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>の<ruby>造作<rt>ぞうさ</rt></ruby>もないことだ。
くさばくちうちの ひとりや ふたり、 なんの ぞーさも ない ことだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 それ程造作もねえことを、三両仕事で引受けるとは、お前もなかなか悧巧だよ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>それ<ruby>程<rt>ほど</rt></ruby><ruby>造作<rt>ぞうさ</rt></ruby>もねえことを、三<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby><ruby>仕事<rt>しごと</rt></ruby>で<ruby>引受<rt>ひきう</rt></ruby>けるとは、お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>もなかなか<ruby>悧巧<rt>りこう</rt></ruby>だよ。
きんごろー それほど ぞーさも ねえ ことを、 3りょー しごとで ひきうけるとわ、 おめえも なかなか りこーだよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 拙者よりは悧巧なのはそちらの方だ。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>拙者<rt>せっしゃ</rt></ruby>よりは<ruby>悧巧<rt>りこう</rt></ruby>なのはそちらの<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>だ。
とばた せっしゃよりわ りこーなのわ そちらの ほーだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
何か弱味を握っている忠太郎をバラして、水熊に恩を着せ、それをキッカケに入り浸る寸法と見てとった。
<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>か<ruby>弱味<rt>よわみ</rt></ruby>を<ruby>握<rt>にぎ</rt></ruby>っている<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>をバラして、<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>に<ruby>恩<rt>おん</rt></ruby>を<ruby>着<rt>き</rt></ruby>せ、それをキッカケに<ruby>入<rt>い</rt></ruby>り<ruby>浸<rt>びた</rt></ruby>る<ruby>寸法<rt>すんぽう</rt></ruby>と<ruby>見<rt>み</rt></ruby>てとった。
なにか よわみを にぎって いる ちゅーたろーを ばらして、 みずくまに おんを きせ、 それを きっかけに いりびたる すんぽーと みて とった。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
色と慾と一度に手入れとは成程、ばくち言葉でいう尻目同、素盲とはよくつけた渾名だ。
<ruby>色<rt>いろ</rt></ruby>と<ruby>慾<rt>よく</rt></ruby>と<ruby>一度<rt>いちど</rt></ruby>に<ruby>手入<rt>てい</rt></ruby>れとは<ruby>成程<rt>なるほど</rt></ruby>、ばくち<ruby>言葉<rt>ことば</rt></ruby>でいう<ruby>尻目同<rt>けつめどう</rt></ruby>、<ruby>素盲<rt>すめくら</rt></ruby>とはよくつけた<ruby>渾名<rt>あだな</rt></ruby>だ。
いろと よくと いちどに ていれとわ なるほど、 ばくち ことばで いう けつめどー、 すめくらとわ よく つけた あだなだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 馬鹿にしなさんな。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>馬鹿<rt>ばか</rt></ruby>にしなさんな。
きんごろー ばかに しなさんな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(元来た径の方を見る)
(<ruby>元<rt>もと</rt></ruby><ruby>来<rt>き</rt></ruby>た<ruby>径<rt>みち</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>る)
(もと きた みちの ほーを みる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
鳥羽田 おお、もう、明けの星の光りが薄くなった。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>おお、もう、<ruby>明<rt>あ</rt></ruby>けの<ruby>星<rt>ほし</rt></ruby>の<ruby>光<rt>ひか</rt></ruby>りが<ruby>薄<rt>うす</rt></ruby>くなった。
とばた おお、 もー、 あけの ほしの ひかりが うすく なった。
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金五郎 違えねえ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>違<rt>ちげ</rt></ruby>えねえ。
きんごろー ちげえ ねえ。
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もう朝だな。
もう<ruby>朝<rt>あさ</rt></ruby>だな。
もー あさだな。
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おッ、来たらしい。
おッ、<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たらしい。
おっ、 きたらしい。
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あれが左様らしいぞ。
あれが<ruby>左様<rt>そう</rt></ruby>らしいぞ。
あれが そーらしいぞ。
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鳥羽田 あいつが忠太郎か。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>あいつが<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>か。
とばた あいつが ちゅーたろーか。
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確かに左様だったら相図をしろ。
<ruby>確<rt>たし</rt></ruby>かに<ruby>左様<rt>そう</rt></ruby>だったら<ruby>相図<rt>あいず</rt></ruby>をしろ。
たしかに そーだったら あいずを しろ。
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拙者、いきなりスパリっとやッ付ける。
<ruby>拙者<rt>せっしゃ</rt></ruby>、いきなりスパリっとやッ<ruby>付<rt>つ</rt></ruby>ける。
せっしゃ、 いきなり すぱりっと やっつける。
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こんなことは手間を取るといかんものだ。
こんなことは<ruby>手間<rt>てま</rt></ruby>を<ruby>取<rt>と</rt></ruby>るといかんものだ。
こんな ことわ てまを とると いかん ものだ。
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金五郎 いいとも。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>いいとも。
きんごろー いいとも。
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相図をするぜ、首尾よく睡らせたら、酒代は一両。
<ruby>相図<rt>あいず</rt></ruby>をするぜ、<ruby>首尾<rt>しゅび</rt></ruby>よく<ruby>睡<rt>ねむ</rt></ruby>らせたら、<ruby>酒代<rt>さかだい</rt></ruby>は一<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>。
あいずを するぜ、 しゅび よく ねむらせたら、 さかだいわ 1りょー。
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鳥羽田 そいつは有難い。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>そいつは<ruby>有難<rt>ありがた</rt></ruby>い。
とばた そいつわ ありがたい。
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金五郎、鳥羽田は芒むらに潜む。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>、<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>は<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>むらに<ruby>潜<rt>ひそ</rt></ruby>む。
≪ きんごろー、 とばたわ すすきむらに ひそむ。
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番場の忠太郎、粋な旅にん姿、提灯を持って径の中程へくる。
<ruby>番場<rt>ばんば</rt></ruby>の<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>、<ruby>粋<rt>いき</rt></ruby>な<ruby>旅<rt>たび</rt></ruby>にん<ruby>姿<rt>すがた</rt></ruby>、<ruby>提灯<rt>ちょうちん</rt></ruby>を<ruby>持<rt>も</rt></ruby>って<ruby>径<rt>みち</rt></ruby>の<ruby>中程<rt>なかほど</rt></ruby>へくる。
ばんばの ちゅーたろー、 いきな たびにん すがた、 ちょーちんを もって みちの なかほどえ くる。
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空が大分明るくなる。
<ruby>空<rt>そら</rt></ruby>が<ruby>大分<rt>だいぶ</rt></ruby><ruby>明<rt>あか</rt></ruby>るくなる。
そらが だいぶ あかるく なる ≪
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忠太郎 (提灯のあかりを吹き消す)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>提灯<rt>ちょうちん</rt></ruby>のあかりを<ruby>吹<rt>ふ</rt></ruby>き<ruby>消<rt>け</rt></ruby>す)
ちゅーたろー (ちょーちんの あかりを ふきけす)
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鳥羽田 (忠太郎の背後に迫る)
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>(<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>の<ruby>背後<rt>はいご</rt></ruby>に<ruby>迫<rt>せま</rt></ruby>る)
とばた (ちゅーたろーの はいごに せまる)
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金五郎 (忠太郎の側面から忍び寄る)
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>(<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>の<ruby>側面<rt>そくめん</rt></ruby>から<ruby>忍<rt>しの</rt></ruby>び<ruby>寄<rt>よ</rt></ruby>る)
きんごろー (ちゅーたろーの そくめんから しのびよる)
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忠太郎 (気配で察し、鳥羽田が斬り込むのを躱し、金五郎が斬り込むのも躱し、立木を楯にとる)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>気配<rt>けはい</rt></ruby>で<ruby>察<rt>さっ</rt></ruby>し、<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>が<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>り<ruby>込<rt>こ</rt></ruby>むのを<ruby>躱<rt>かわ</rt></ruby>し、<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>が<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>り<ruby>込<rt>こ</rt></ruby>むのも<ruby>躱<rt>かわ</rt></ruby>し、<ruby>立木<rt>たちき</rt></ruby>を<ruby>楯<rt>たて</rt></ruby>にとる)
ちゅーたろー (けはいで さっし、 とばたが きりこむのを かわし、 きんごろーが きりこむのも かわし、 たちきを たてに とる)
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金五郎 (芒むらに伏し、隙を狙う)
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>(<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>むらに<ruby>伏<rt>ふ</rt></ruby>し、<ruby>隙<rt>すき</rt></ruby>を<ruby>狙<rt>ねら</rt></ruby>う)
きんごろー (すすきむらに ふし、 すきを ねらう)
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忠太郎 だれだ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>だれだ。
ちゅーたろー だれだ。
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(答えがない)何者だ。
(<ruby>答<rt>こた</rt></ruby>えがない)<ruby>何者<rt>なにもの</rt></ruby>だ。
(こたえが ない) なにものだ。
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(答えがない)一人はブ職らしい、一人は浪人さんでござんすね。
(<ruby>答<rt>こた</rt></ruby>えがない)<ruby>一人<rt>ひとり</rt></ruby>はブ<ruby>職<rt>しょく</rt></ruby>らしい、<ruby>一人<rt>ひとり</rt></ruby>は<ruby>浪人<rt>ろうにん</rt></ruby>さんでござんすね。
(こたえが ない) ひとりわ ぶしょくらしい、 ひとりわ ろーにんさんで ござんすね。
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お前さん方あどなただ。
お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>さん<ruby>方<rt>がた</rt></ruby>あどなただ。
おめえさんがたあ どなただ。
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何の訳あって不意討ちに、白刃を鼻ッ先で光らすのでござんす。
<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>の<ruby>訳<rt>わけ</rt></ruby>あって<ruby>不意討<rt>ふいう</rt></ruby>ちに、<ruby>白刃<rt>しらは</rt></ruby>を<ruby>鼻<rt>はな</rt></ruby>ッ<ruby>先<rt>さき</rt></ruby>で<ruby>光<rt>ひか</rt></ruby>らすのでござんす。
なんの わけ あって ふいうちに、 しらはを はなっさきで ひからすので ござんす。
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金五郎 (答えず、労せずして討たんと隙を伺う)
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>(<ruby>答<rt>こた</rt></ruby>えず、<ruby>労<rt>ろう</rt></ruby>せずして<ruby>討<rt>う</rt></ruby>たんと<ruby>隙<rt>すき</rt></ruby>を<ruby>伺<rt>うかが</rt></ruby>う)
きんごろー (こたえず、 ろーせずして うたんと すきを うかがう)
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鳥羽田 (無言。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>(<ruby>無言<rt>むごん</rt></ruby>。
とばた (むごん。
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ただ一と討ちと迫り来たる)
ただ<ruby>一<rt>ひ</rt></ruby>と<ruby>討<rt>う</rt></ruby>ちと<ruby>迫<rt>せま</rt></ruby>り<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たる)
ただ ひとうちと せまりきたる)
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忠太郎 (下総からの刺客か、いや違う。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>下総<rt>しもうさ</rt></ruby>からの<ruby>刺客<rt>しかく</rt></ruby>か、いや<ruby>違<rt>ちが</rt></ruby>う。
ちゅーたろー (しもーさからの しかくか、 いや ちがう。
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物盗りだなと見る)あッしがだれだか、知ってるんでござんすね。
<ruby>物盗<rt>ものと</rt></ruby>りだなと<ruby>見<rt>み</rt></ruby>る)あッしがだれだか、<ruby>知<rt>し</rt></ruby>ってるんでござんすね。
ものとりだなと みる) あっしが だれだか、 しってるんで ござんすね。
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金五郎 知ってるともよ。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>知<rt>し</rt></ruby>ってるともよ。
きんごろー しってるともよ。
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鳥羽田 番場の忠太郎という肚の悪い奴だ。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby><ruby>番場<rt>ばんば</rt></ruby>の<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>という<ruby>肚<rt>はら</rt></ruby>の<ruby>悪<rt>わる</rt></ruby>い<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>だ。
とばた ばんばの ちゅーたろーと いう はらの わるい やつだ。
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忠太郎 お前さん方はだれだ、どこの人だ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>さん<ruby>方<rt>がた</rt></ruby>はだれだ、どこの<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>だ。
ちゅーたろー おめえさんがたわ だれだ、 どこの ひとだ。
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下総から来たのか。
<ruby>下総<rt>しもうさ</rt></ruby>から<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たのか。
しもーさから きたのか。
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それ共、江戸か。
それ<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>、<ruby>江戸<rt>えど</rt></ruby>か。
それとも、 えどか。
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(両人とも答えぬ)ご返事はこざんせんか――無いな――無いな。
(<ruby>両人<rt>りょうにん</rt></ruby>とも<ruby>答<rt>こた</rt></ruby>えぬ)ご<ruby>返事<rt>へんじ</rt></ruby>はこざんせんか――<ruby>無<rt>な</rt></ruby>いな――<ruby>無<rt>な</rt></ruby>いな。
(りょーにんとも こたえぬ) ごへんじわ ござんせんか -- ないな -- ないな。
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斬るぞ。
<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>るぞ。
きるぞ。
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鳥羽田 (冷笑して)えいッ。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>(<ruby>冷笑<rt>れいしょう</rt></ruby>して)えいッ。
とばた (れいしょー して) えいっ。
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(斬ってかかる)
(<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>ってかかる)
(きって かかる)
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忠太郎 (鳥羽田を斬り仆す)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>を<ruby>斬<rt>き</rt></ruby>り<ruby>仆<rt>たお</rt></ruby>す)
ちゅーたろー (とばたを きりたおす)
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金五郎 (狡猾に芒むらに潜んで刀を避け隙を伺って刺さんと企てる)
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>(<ruby>狡猾<rt>こうかつ</rt></ruby>に<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>むらに<ruby>潜<rt>ひそ</rt></ruby>んで<ruby>刀<rt>かたな</rt></ruby>を<ruby>避<rt>よ</rt></ruby>け<ruby>隙<rt>すき</rt></ruby>を<ruby>伺<rt>うかが</rt></ruby>って<ruby>刺<rt>さ</rt></ruby>さんと<ruby>企<rt>くわだ</rt></ruby>てる)
きんごろー (こーかつに すすきむらに ひそんで かたなを よけ すきを うかがって ささんと くわだてる)
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忠太郎 (金五郎を探す、逃げ失せたと思い、血刀を水溜で洗いかける)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>を<ruby>探<rt>さが</rt></ruby>す、<ruby>逃<rt>に</rt></ruby>げ<ruby>失<rt>う</rt></ruby>せたと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い、<ruby>血刀<rt>ちがたな</rt></ruby>を<ruby>水溜<rt>みずたまり</rt></ruby>で<ruby>洗<rt>あら</rt></ruby>いかける)
ちゅーたろー (きんごろーを さがす、 にげうせたと おもい、 ちがたなを みずたまりで あらいかける
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空駕籠が二梃、善三郎が付いて、黙々として帰って行く。
<ruby>空駕籠<rt>からかご</rt></ruby>が二<ruby>梃<rt>ちょう</rt></ruby>、<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>が<ruby>付<rt>つ</rt></ruby>いて、<ruby>黙々<rt>もくもく</rt></ruby>として<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>って<ruby>行<rt>い</rt></ruby>く。
( ≪ からかごが 2ちょー、 ぜんざぶろーが ついて、 もくもくと して かえって いく。
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鳥羽田の仆れているのは芒むらに遮ぎられて眼に入らぬ。
<ruby>鳥羽田<rt>とばた</rt></ruby>の<ruby>仆<rt>たお</rt></ruby>れているのは<ruby>芒<rt>すすき</rt></ruby>むらに<ruby>遮<rt>さえ</rt></ruby>ぎられて<ruby>眼<rt>め</rt></ruby>に<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>らぬ。
とばたの たおれて いるのわ すすきむらに さえぎられて めに はいらぬ ≪
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おはま (お登世と共に通る。
おはま(お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>と<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>る。
おはま (おとせと ともに とおる。
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荒川を境に忠太郎の足取りがぱッたり絶えているのを知り、悄々として引返し来る)
<ruby>荒川<rt>あらかわ</rt></ruby>を<ruby>境<rt>さかい</rt></ruby>に<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>の<ruby>足取<rt>あしど</rt></ruby>りがぱッたり<ruby>絶<rt>た</rt></ruby>えているのを<ruby>知<rt>し</rt></ruby>り、<ruby>悄々<rt>しおしお</rt></ruby>として<ruby>引返<rt>ひきかえ</rt></ruby>し<ruby>来<rt>く</rt></ruby>る)
あらかわを さかいに ちゅーたろーの あしどりが ぱったり たえて いるのを しり、 しおしおと して ひきかえし くる)
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お登世 (怺えかねて、啜り泣く)
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>(<ruby>怺<rt>こら</rt></ruby>えかねて、<ruby>啜<rt>すす</rt></ruby>り<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>く)
おとせ (こらえかねて、 すすりなく)
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