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そんな者に構わず、内へ入っちまえよ。
そんな<ruby>者<rt>もの</rt></ruby>に<ruby>構<rt>かま</rt></ruby>わず、<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>へ<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>っちまえよ。
そんな ものに かまわず、 うちえ はいっちまえよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(内へ入る)
(<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>へ<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>る)
(うちえ はいる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 おい藤公。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>おい<ruby>藤公<rt>とうこう</rt></ruby>。
きんごろー おい とーこー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 (厭な顔を隠して)お留守です。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>(<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>な<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>隠<rt>かく</rt></ruby>して)お<ruby>留守<rt>るす</rt></ruby>です。
とーはち (いやな かおを かくして) おるすです。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 そうか。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>そうか。
きんごろー そーか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
じゃ本当に留守なんだ。
じゃ<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に<ruby>留守<rt>るす</rt></ruby>なんだ。
じゃ ほんとーに るすなんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(八ツ当りになって帰りかける)
(<ruby>八<rt>や</rt></ruby>ツ<ruby>当<rt>あた</rt></ruby>りになって<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>りかける)
(やつあたりに なって かえりかける)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら そっちに無くても此方に用があるんだ。
おとらそっちに<ruby>無<rt>な</rt></ruby>くても<ruby>此方<rt>こっち</rt></ruby>に<ruby>用<rt>よう</rt></ruby>があるんだ。
おとら そっちに なくても こっちに よーが あるんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
金五郎 何をいやがる。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby><ruby>何<rt>なに</rt></ruby>をいやがる。
きんごろー なにを いやがる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おかみさんは留守だい。
おかみさんは<ruby>留守<rt>るす</rt></ruby>だい。
おかみさんわ るすだい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(おとらを衝き倒して去る)
(おとらを<ruby>衝<rt>つ</rt></ruby>き<ruby>倒<rt>たお</rt></ruby>して<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(おとらを つきたおして さる
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 それ見ろ、帰らねえから、痛い目をみるんだ。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>それ<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ろ、<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>らねえから、<ruby>痛<rt>いた</rt></ruby>い<ruby>目<rt>め</rt></ruby>をみるんだ。
( とーはち それ みろ、 かえらねえから、 いたい めを みるんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
番場の忠太郎、新しい番傘を手に新しい下駄を穿き、通りかかって土蔵の前に佇み見ていて、金五郎の行為に義憤を感じ後姿を睨む。
<ruby>番場<rt>ばんば</rt></ruby>の<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>、<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>番傘<rt>ばんがさ</rt></ruby>を<ruby>手<rt>て</rt></ruby>に<ruby>新<rt>あたら</rt></ruby>しい<ruby>下駄<rt>げた</rt></ruby>を<ruby>穿<rt>は</rt></ruby>き、<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>りかかって<ruby>土蔵<rt>どぞう</rt></ruby>の<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>に<ruby>佇<rt>たたず</rt></ruby>み<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ていて、<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>の<ruby>行為<rt>こうい</rt></ruby>に<ruby>義憤<rt>ぎふん</rt></ruby>を<ruby>感<rt>かん</rt></ruby>じ<ruby>後<rt>うしろ</rt></ruby><ruby>姿<rt>すがた</rt></ruby>を<ruby>睨<rt>にら</rt></ruby>む。
≪ ばんばの ちゅーたろー、 あたらしい ばんがさを てに あたらしい げたを はき、 とおりかかって どぞーの まえに たたずみ みて いて、 きんごろーの こーいに ぎふんを かんじ うしろ すがたを にらむ ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 殴つ気か。
おとら<ruby>殴<rt>ぶ</rt></ruby>つ<ruby>気<rt>き</rt></ruby>か。
おとら ぶつ きか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
この年寄りを往来中へ突ッ転ばした上に倅みたいな年頃のくせをして、まだ殴つ気なのか。
この<ruby>年寄<rt>としよ</rt></ruby>りを<ruby>往来中<rt>おうらいちゅう</rt></ruby>へ<ruby>突<rt>つ</rt></ruby>ッ<ruby>転<rt>ころ</rt></ruby>ばした<ruby>上<rt>うえ</rt></ruby>に<ruby>倅<rt>せがれ</rt></ruby>みたいな<ruby>年頃<rt>としごろ</rt></ruby>のくせをして、まだ<ruby>殴<rt>ぶ</rt></ruby>つ<ruby>気<rt>き</rt></ruby>なのか。
この としよりを おーらいちゅーえ つっころばした うえに せがれみたいな としごろの くせを して、 まだ ぶつ きなのか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 よしッ、殴ってやらあ。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>よしッ、<ruby>殴<rt>ぶ</rt></ruby>ってやらあ。
とーはち よしっ、 ぶって やらあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
出前持ち孫助、出入口から窺き身をして見ている。
<ruby>出前持<rt>でまえも</rt></ruby>ち<ruby>孫助<rt>まごすけ</rt></ruby>、<ruby>出入口<rt>でいりぐち</rt></ruby>から<ruby>窺<rt>のぞ</rt></ruby>き<ruby>身<rt>み</rt></ruby>をして<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ている。
≪ でまえもち まごすけ、 でいりぐちから のぞきみを して みて いる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (おとらを庇う)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(おとらを<ruby>庇<rt>かば</rt></ruby>う)
ちゅーたろー (おとらを かばう
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 おや。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>おや。
( とーはち おや。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
手前はその婆の倅か。
<ruby>手前<rt>てめえ</rt></ruby>はその<ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>の<ruby>倅<rt>せがれ</rt></ruby>か。
てめえわ その ばばの せがれか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
孫助 (天秤棒を持ち出す)
<ruby>孫助<rt>まごすけ</rt></ruby>(<ruby>天秤棒<rt>てんびんぼう</rt></ruby>を<ruby>持<rt>も</rt></ruby>ち<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>す)
まごすけ (てんびんぼーを もちだす)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 何で年寄りをいじめるんでござんす。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>何<rt>なん</rt></ruby>で<ruby>年寄<rt>としよ</rt></ruby>りをいじめるんでござんす。
ちゅーたろー なんで としよりを いじめるんで ござんす。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
厭な真似はしねえもんだ。
<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>な<ruby>真似<rt>まね</rt></ruby>はしねえもんだ。
いやな まねわ しねえ もんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お婆さんどこも痛めはしねえかね。
お<ruby>婆<rt>ばあ</rt></ruby>さんどこも<ruby>痛<rt>いた</rt></ruby>めはしねえかね。
おばあさん どこも いためわ しねえかね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 体の節々が痛くなって困ってしまう。
おとら<ruby>体<rt>からだ</rt></ruby>の<ruby>節々<rt>ふしぶし</rt></ruby>が<ruby>痛<rt>いた</rt></ruby>くなって<ruby>困<rt>こま</rt></ruby>ってしまう。
おとら からだの ふしぶしが いたく なって こまって しまう。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
孫助 藤さん、あの婆は東両国で、いつも売れ残りの夜鷹の婆だよ。
<ruby>孫助<rt>まごすけ</rt></ruby><ruby>藤<rt>とう</rt></ruby>さん、あの<ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>は<ruby>東<rt>ひがし</rt></ruby><ruby>両国<rt>りょうごく</rt></ruby>で、いつも<ruby>売<rt>う</rt></ruby>れ<ruby>残<rt>のこ</rt></ruby>りの<ruby>夜鷹<rt>よたか</rt></ruby>の<ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>だよ。
まごすけ とーさん、 あの ばばわ ひがし りょーごくで、 いつも うれのこりの よたかの ばばだよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 ほう。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>ほう。
とーはち ほー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
あの年で夜鷹か。
あの<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>で<ruby>夜鷹<rt>よたか</rt></ruby>か。
あの としで よたかか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (夜鷹と聞いて厭になる)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>夜鷹<rt>よたか</rt></ruby>と<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>いて<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>になる)
ちゅーたろー (よたかと きいて いやに なる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら ああ夜鷹だ。
おとらああ<ruby>夜鷹<rt>よたか</rt></ruby>だ。
おとら ああ よたかだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
それを知っているところをみると、お前はあたしの客だったと見えるね。
それを<ruby>知<rt>し</rt></ruby>っているところをみると、お<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>はあたしの<ruby>客<rt>きゃく</rt></ruby>だったと<ruby>見<rt>み</rt></ruby>えるね。
それを しって いる ところを みると、 おまえわ あたしの きゃくだったと みえるね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
孫助 冗談いうな。
<ruby>孫助<rt>まごすけ</rt></ruby><ruby>冗談<rt>じょうだん</rt></ruby>いうな。
まごすけ じょーだん いうな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
俺はいつでもお福かお竹にきまって。
<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>はいつでもお<ruby>福<rt>ふく</rt></ruby>かお<ruby>竹<rt>たけ</rt></ruby>にきまって。
おれわ いつでも おふくか おたけに きまって。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(気まり悪気に内へ引っこむ)
(<ruby>気<rt>き</rt></ruby>まり<ruby>悪気<rt>わるげ</rt></ruby>に<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>へ<ruby>引<rt>ひ</rt></ruby>っこむ)
(きまりわるげに うちえ ひっこむ)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (思い直して、おとらに)お前、年はいくつだね。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>直<rt>なお</rt></ruby>して、おとらに)お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>、<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>はいくつだね。
ちゅーたろー (おもいなおして、 おとらに) おめえ、 としわ いくつだね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 年? 兄さんや年を聞いてどうするんだね。
おとら<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>?<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんや<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>いてどうするんだね。
おとら とし? にいさんや としを きいて どー するんだね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 五十一か、それとも二、三か。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>五十一か、それとも二、三か。
ちゅーたろー 51か、 それとも 23か。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら そんなところかも知れないさ。
おとらそんなところかも<ruby>知<rt>し</rt></ruby>れないさ。
おとら そんな ところかも しれないさ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
年の次は名を聞くか。
<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>の<ruby>次<rt>つぎ</rt></ruby>は<ruby>名<rt>な</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>くか。
としの つぎわ なを きくか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
大抵おきまりだ。
<ruby>大抵<rt>たいてい</rt></ruby>おきまりだ。
たいてい おきまりだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (藤八を険しく見る)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>を<ruby>険<rt>けわ</rt></ruby>しく<ruby>見<rt>み</rt></ruby>る)
ちゅーたろー (とーはちを けわしく みる
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 (気味悪く思い、内へ引込む)
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>(<ruby>気味悪<rt>きみわる</rt></ruby>く<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い、<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>へ<ruby>引込<rt>ひっこ</rt></ruby>む)
( とーはち (きみわるく おもい、 うちえ ひっこむ)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 手を出しな。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>手<rt>て</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しな。
ちゅーたろー てを だしな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(おとらに銭をやる)
(おとらに<ruby>銭<rt>ぜに</rt></ruby>をやる)
(おとらに ぜにを やる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 兄さん、お前さん――。
おとら<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さん、お<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>さん――。
おとら にいさん、 おまえさん --。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (厭味な言葉を聞くまいと押えて)おッと、俺の尋ねに返事をしてくれ、少しばかりだが口のきき賃だ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>厭味<rt>いやみ</rt></ruby>な<ruby>言葉<rt>ことば</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>くまいと<ruby>押<rt>おさ</rt></ruby>えて)おッと、<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>の<ruby>尋<rt>たず</rt></ruby>ねに<ruby>返事<rt>へんじ</rt></ruby>をしてくれ、<ruby>少<rt>すこ</rt></ruby>しばかりだが<ruby>口<rt>くち</rt></ruby>のきき<ruby>賃<rt>ちん</rt></ruby>だ。
ちゅーたろー (いやみな ことばを きくまいと おさえて) おっと、 おれの たずねに へんじを して くれ、 すこしばかりだが くちの ききちんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら ああ左様か。
おとらああ<ruby>左様<rt>そう</rt></ruby>か。
おとら ああ そーか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
そんなら何でも聞くがいい、損が行かなきゃ大抵話すよ。
そんなら<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>でも<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>くがいい、<ruby>損<rt>そん</rt></ruby>が<ruby>行<rt>い</rt></ruby>かなきゃ<ruby>大抵<rt>たいてい</rt></ruby><ruby>話<rt>はな</rt></ruby>すよ。
そんなら なんでも きくが いい、 そんが いかなきゃ たいてい はなすよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 お前、大きな子がありゃしねえか。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>、<ruby>大<rt>おお</rt></ruby>きな<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>がありゃしねえか。
ちゅーたろー おめえ、 おおきな こが ありゃ しねえか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 子かい。
おとら<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>かい。
おとら こかい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(黯然として、俯向く)
(<ruby>黯然<rt>あんぜん</rt></ruby>として、<ruby>俯向<rt>うつむ</rt></ruby>く)
(あんぜんと して、 うつむく)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (もしやと思わず焦慮り)あるのか――お前に。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(もしやと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>わず<ruby>焦慮<rt>あせ</rt></ruby>り)あるのか――お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>に。
ちゅーたろー (もしやと おもわず あせり) あるのか -- おめえに。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(暗い気になる)
(<ruby>暗<rt>くら</rt></ruby>い<ruby>気<rt>き</rt></ruby>になる)
(くらい きに なる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら (シクシク泣く)
おとら(シクシク<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>く)
おとら (しくしく なく)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 思い出させて泣かせてしまった。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>させて<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>かせてしまった。
ちゅーたろー おもいださせて なかせて しまった。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
――婆さん、(もしこの人が母だったらと思う苦しみを抱き)その子はどうしているね。
――<ruby>婆<rt>ばあ</rt></ruby>さん、(もしこの<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>が<ruby>母<rt>はは</rt></ruby>だったらと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>う<ruby>苦<rt>くる</rt></ruby>しみを<ruby>抱<rt>いだ</rt></ruby>き)その<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>はどうしているね。
-- ばあさん、 (もし この ひとが ははだったらと おもう くるしみを いだき) その こわ どー して いるね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 生きていると三十一だ。
おとら<ruby>生<rt>い</rt></ruby>きていると三十一だ。
おとら いきて いると 31だ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
死んでしまった。
<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んでしまった。
しんで しまった。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (ほっと息をつき)そうか。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(ほっと<ruby>息<rt>いき</rt></ruby>をつき)そうか。
ちゅーたろー (ほっと いきを つき) そーか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
飛んだ事を聞いて悪かったな。
<ruby>飛<rt>と</rt></ruby>んだ<ruby>事<rt>こと</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>いて<ruby>悪<rt>わる</rt></ruby>かったな。
とんだ ことを きいて わるかったな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
堪忍しとくれあやまるぜ。
<ruby>堪忍<rt>かんにん</rt></ruby>しとくれあやまるぜ。
かんにん しとくれ あやまるぜ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(行きかける)
(<ruby>行<rt>い</rt></ruby>きかける)
(いきかける)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 兄さんちょっと待っておくれ。
おとら<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんちょっと<ruby>待<rt>ま</rt></ruby>っておくれ。
おとら にいさん ちょっと まって おくれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お前さんは嬉しい人だ。
お<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>さんは<ruby>嬉<rt>うれ</rt></ruby>しい<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>だ。
おまえさんわ うれしい ひとだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
夜鷹婆だ何だ彼だと、立番の野郎までが嗤うあたしに、よく今みたいな事を聞いておくれだった。
<ruby>夜鷹婆<rt>よたかばば</rt></ruby>だ<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だ<ruby>彼<rt>か</rt></ruby>だと、<ruby>立番<rt>たちばん</rt></ruby>の<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>までが<ruby>嗤<rt>わら</rt></ruby>うあたしに、よく<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>みたいな<ruby>事<rt>こと</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>いておくれだった。
よたかばばだ なんだ かだと、 たちばんの やろーまでが わらう あたしに、 よく いまみたいな ことを きいて おくれだった。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
何年振りかで人間扱いをして貰った気がするんだ。
<ruby>何年振<rt>なんねんぶ</rt></ruby>りかで<ruby>人間<rt>にんげん</rt></ruby><ruby>扱<rt>あつか</rt></ruby>いをして<ruby>貰<rt>もら</rt></ruby>った<ruby>気<rt>き</rt></ruby>がするんだ。
なんねんぶりかで にんげん あつかいを して もらった きが するんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(頭を下げて)どうも兄さん、有難う、忘れないよ。
(<ruby>頭<rt>あたま</rt></ruby>を<ruby>下<rt>さ</rt></ruby>げて)どうも<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さん、<ruby>有難<rt>ありがと</rt></ruby>う、<ruby>忘<rt>わす</rt></ruby>れないよ。
(あたまを さげて) どーも にいさん、 ありがとー、 わすれないよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 そんな話を聞くのは、俺には毒だ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>そんな<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>を<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>くのは、<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>には<ruby>毒<rt>どく</rt></ruby>だ。
ちゅーたろー そんな はなしを きくのわ、 おれにわ どくだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(行きかける)
(<ruby>行<rt>い</rt></ruby>きかける)
(いきかける)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 何だか訳がありそうだ。
おとら<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だか<ruby>訳<rt>わけ</rt></ruby>がありそうだ。
おとら なんだか わけが ありそーだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
だれを探しているのだね。
だれを<ruby>探<rt>さが</rt></ruby>しているのだね。
だれを さがして いるのだね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
もしあたしが知っていたら、教えてあげたい気がするんだけれど。
もしあたしが<ruby>知<rt>し</rt></ruby>っていたら、<ruby>教<rt>おし</rt></ruby>えてあげたい<ruby>気<rt>き</rt></ruby>がするんだけれど。
もし あたしが しって いたら、 おしえて あげたい きが するんだけれど。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 老いすがれた女の人を見れば、だれでも探している俺の――かと思うばかりで去年から、もう直き丸一年になろうというのに、縁がねえのかまだ会えねえ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>老<rt>お</rt></ruby>いすがれた<ruby>女<rt>おんな</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>れば、だれでも<ruby>探<rt>さが</rt></ruby>している<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>の――かと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>うばかりで<ruby>去年<rt>きょねん</rt></ruby>から、もう<ruby>直<rt>じ</rt></ruby>き<ruby>丸<rt>まる</rt></ruby>一<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>になろうというのに、<ruby>縁<rt>えん</rt></ruby>がねえのかまだ<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>えねえ。
ちゅーたろー おいすがれた おんなの ひとを みれば、 だれでも さがして いる おれの -- かと おもうばかりで きょねんから、 もー じき まる 1ねんに なろーと いうのに、 えんが ねえのか まだ あえねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 お前ぐらいの年の人さあ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>お<ruby>前<rt>めえ</rt></ruby>ぐらいの<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>さあ。
ちゅーたろー おめえぐらいの としの ひとさあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら お袋さんだね。
おとらお<ruby>袋<rt>ふくろ</rt></ruby>さんだね。
おとら おふくろさんだね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 そうかも知れねえ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>そうかも<ruby>知<rt>し</rt></ruby>れねえ。
ちゅーたろー そーかも しれねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(行きかける)
(<ruby>行<rt>い</rt></ruby>きかける)
(いきかける)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら ここの家のかみさんも、あたしが知っている頃は、残して来た子供のことを三日にあげず泣いて話したが。
おとらここの<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>のかみさんも、あたしが<ruby>知<rt>し</rt></ruby>っている<ruby>頃<rt>ころ</rt></ruby>は、<ruby>残<rt>のこ</rt></ruby>して<ruby>来<rt>き</rt></ruby>た<ruby>子供<rt>こども</rt></ruby>のことを<ruby>三日<rt>みっか</rt></ruby>にあげず<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>いて<ruby>話<rt>はな</rt></ruby>したが。
おとら ここの うちの かみさんも、 あたしが しって いる ころわ、 のこして きた こどもの ことを みっかに あげず ないて はなしたが。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 ええ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>ええ。
ちゅーたろー ええ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(引返しておとらに近づく)
(<ruby>引返<rt>ひきかえ</rt></ruby>しておとらに<ruby>近<rt>ちか</rt></ruby>づく)
(ひきかえして おとらに ちかづく)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら けれ共それは、十年十五年じゃない、もっと昔の話なんだ。
おとらけれ<ruby>共<rt>ども</rt></ruby>それは、十<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>十五<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby>じゃない、もっと<ruby>昔<rt>むかし</rt></ruby>の<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>なんだ。
おとら けれども それわ、 10ねん 15ねんじゃ ない、 もっと むかしの はなしなんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 ここは確か料理茶屋で、水熊とかいう家だろう。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>ここは<ruby>確<rt>たし</rt></ruby>か<ruby>料理茶屋<rt>りょうりぢゃや</rt></ruby>で、<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>とかいう<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>だろう。
ちゅーたろー ここわ たしか りょーりぢゃやで、 みずくまとか いう うちだろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
して、ここのかみさんが子供を置いて来たというのは何処だ。
して、ここのかみさんが<ruby>子供<rt>こども</rt></ruby>を<ruby>置<rt>お</rt></ruby>いて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たというのは<ruby>何処<rt>どこ</rt></ruby>だ。
して、 ここの かみさんが こどもを おいて きたと いうのわ どこだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
知っているなら聞きてえなあ。
<ruby>知<rt>し</rt></ruby>っているなら<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>きてえなあ。
しって いるなら ききてえなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 古いことでうろ憶えだけれども、確か江州だったと思うのさ、兄さんは江戸ッ子らしいから江州では人違いだねえ。
おとら<ruby>古<rt>ふる</rt></ruby>いことでうろ<ruby>憶<rt>おぼ</rt></ruby>えだけれども、<ruby>確<rt>たし</rt></ruby>か<ruby>江州<rt>ごうしゅう</rt></ruby>だったと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>うのさ、<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんは<ruby>江戸<rt>えど</rt></ruby>ッ<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>らしいから<ruby>江州<rt>ごうしゅう</rt></ruby>では<ruby>人違<rt>ひとちが</rt></ruby>いだねえ。
おとら ふるい ことで うろおぼえだけれども、 たしか ごーしゅーだったと おもうのさ、 にいさんわ えどっこらしいから ごーしゅーでわ ひとちがいだねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 俺あ十三から江戸で育ったが、生れは草深い処なんだ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>あ十三から<ruby>江戸<rt>えど</rt></ruby>で<ruby>育<rt>そだ</rt></ruby>ったが、<ruby>生<rt>うま</rt></ruby>れは<ruby>草深<rt>くさぶか</rt></ruby>い<ruby>処<rt>ところ</rt></ruby>なんだ。
ちゅーたろー おれあ 13から えどで そだったが、 うまれわ くさぶかい ところなんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
ここの家のおかみさんは、そんなに子供を思っていたのか。
ここの<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>のおかみさんは、そんなに<ruby>子供<rt>こども</rt></ruby>を<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>っていたのか。
ここの うちの おかみさんわ、 そんなに こどもを おもって いたのか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 今もいった通り、そりゃ大昔の話だから、昨今はどうだか判りゃしない。
おとら<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>もいった<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>り、そりゃ<ruby>大昔<rt>おおむかし</rt></ruby>の<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>だから、<ruby>昨今<rt>さっこん</rt></ruby>はどうだか<ruby>判<rt>わか</rt></ruby>りゃしない。
おとら いまも いった とおり、 そりゃ おおむかしの はなしだから、 さっこんわ どーだか わかりゃ しない。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
あたしの推量では、もう子供のことなんか忘れてしまい、思い出しもしないだろうねえ。
あたしの<ruby>推量<rt>すいりょう</rt></ruby>では、もう<ruby>子供<rt>こども</rt></ruby>のことなんか<ruby>忘<rt>わす</rt></ruby>れてしまい、<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しもしないだろうねえ。
あたしの すいりょーでわ、 もー こどもの ことなんか わすれて しまい、 おもいだしも しないだろーねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (確信を持って)女親というものは、そういうものじゃねえ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>確信<rt>かくしん</rt></ruby>を<ruby>持<rt>も</rt></ruby>って)<ruby>女親<rt>おんなおや</rt></ruby>というものは、そういうものじゃねえ。
ちゅーたろー (かくしんを もって) おんなおやと いう ものわ、 そー いう ものじゃ ねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら 昔は随分仲好しで、世話になったり世話したり、姉妹同然にしていたんだが、この何年というものは、途中で会えば顔をそむけ、よんど困って尋ねてくれば、今のように叩き出させる。
おとら<ruby>昔<rt>むかし</rt></ruby>は<ruby>随分<rt>ずいぶん</rt></ruby><ruby>仲好<rt>なかよ</rt></ruby>しで、<ruby>世話<rt>せわ</rt></ruby>になったり<ruby>世話<rt>せわ</rt></ruby>したり、<ruby>姉妹<rt>きょうだい</rt></ruby><ruby>同然<rt>どうぜん</rt></ruby>にしていたんだが、この<ruby>何年<rt>なんねん</rt></ruby>というものは、<ruby>途中<rt>とちゅう</rt></ruby>で<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>えば<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>をそむけ、よんど<ruby>困<rt>こま</rt></ruby>って<ruby>尋<rt>たず</rt></ruby>ねてくれば、<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>のように<ruby>叩<rt>たた</rt></ruby>き<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>させる。
おとら むかしわ ずいぶん なかよしで、 せわに なったり せわ したり、 きょーだい どーぜんに して いたんだが、 この なんねんと いう ものわ、 とちゅーで あえば かおを そむけ、 よんど こまって たずねて くれば、 いまのよーに たたきださせる。
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人間という奴は月日が経っては駄目なものさ。
<ruby>人間<rt>にんげん</rt></ruby>という<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>は<ruby>月日<rt>つきひ</rt></ruby>が<ruby>経<rt>た</rt></ruby>っては<ruby>駄目<rt>だめ</rt></ruby>なものさ。
にんげんと いう やつわ つきひが たってわ だめな ものさ。
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忠太郎 それはそうだか知らねえが、母子はまた別なもの、たとい何十年経ったとて生みの親だあ、子じゃあねえか、体中に一杯ある血は、双方ともにおんなじなんだ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>それはそうだか<ruby>知<rt>し</rt></ruby>らねえが、<ruby>母子<rt>ははこ</rt></ruby>はまた<ruby>別<rt>べつ</rt></ruby>なもの、たとい<ruby>何十年<rt>なんじゅうねん</rt></ruby><ruby>経<rt>た</rt></ruby>ったとて<ruby>生<rt>う</rt></ruby>みの<ruby>親<rt>おや</rt></ruby>だあ、<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>じゃあねえか、<ruby>体中<rt>からだじゅう</rt></ruby>に<ruby>一杯<rt>いっぱい</rt></ruby>ある<ruby>血<rt>ち</rt></ruby>は、<ruby>双方<rt>そうほう</rt></ruby>ともにおんなじなんだ。
ちゅーたろー それわ そーだか しらねえが、 ははこわ また べつな もの、 たとい なんじゅーねん たったとて うみの おやだあ、 こじゃあ ねえか、 からだじゅーに いっぱい ある ちわ、 そーほー ともに おんなじなんだ。
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おとら それじゃ一ツ、行ってみるがいいかも知れない。
おとらそれじゃ<ruby>一<rt>ひと</rt></ruby>ツ、<ruby>行<rt>い</rt></ruby>ってみるがいいかも<ruby>知<rt>し</rt></ruby>れない。
おとら それじゃ ひとつ、 いって みるが いいかも しれない。
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忠太郎 え? まさか。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>え?まさか。
ちゅーたろー え? まさか。
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ただ江州と聞いただけでは、いくら何でも、行けるものかな。
ただ<ruby>江州<rt>ごうしゅう</rt></ruby>と<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>いただけでは、いくら<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>でも、<ruby>行<rt>い</rt></ruby>けるものかな。
ただ ごーしゅーと きいただけでわ、 いくら なんでも、 いける ものかな。
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おとら それも左様だ。
おとらそれも<ruby>左様<rt>そう</rt></ruby>だ。
おとら それも そーだ。
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あたしも倅が恋しくなった。
あたしも<ruby>倅<rt>せがれ</rt></ruby>が<ruby>恋<rt>こい</rt></ruby>しくなった。
あたしも せがれが こいしく なった。
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久しい間無沙汰をしてる、今から行って参ってこよう。
<ruby>久<rt>ひさ</rt></ruby>しい<ruby>間<rt>あいだ</rt></ruby><ruby>無沙汰<rt>ぶさた</rt></ruby>をしてる、<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>から<ruby>行<rt>い</rt></ruby>って<ruby>参<rt>まい</rt></ruby>ってこよう。
ひさしい あいだ ぶさたを してる、 いまから いって まいって こよー。
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忠太郎 お墓参りか。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>お<ruby>墓<rt>はか</rt></ruby><ruby>参<rt>まい</rt></ruby>りか。
ちゅーたろー おはか まいりか。
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