input
stringlengths
0
1.09k
output
stringlengths
0
6.38k
ref_reading
stringlengths
0
1.67k
file_path
stringlengths
12
70
待ちな。
<ruby>待<rt>ま</rt></ruby>ちな。
まちな。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お線香とお華をこれで(金を握らせる)遠慮なく取ってくれろ。
お<ruby>線香<rt>せんこう</rt></ruby>とお<ruby>華<rt>はな</rt></ruby>をこれで(<ruby>金<rt>かね</rt></ruby>を<ruby>握<rt>にぎ</rt></ruby>らせる)<ruby>遠慮<rt>えんりょ</rt></ruby>なく<ruby>取<rt>と</rt></ruby>ってくれろ。
おせんこーと おはなを これで (かねを にぎらせる) えんりょ なく とって くれろ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おとら こ、こりゃあ小判だ。
おとらこ、こりゃあ<ruby>小判<rt>こばん</rt></ruby>だ。
おとら こ、 こりゃあ こばんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 一両出したとて怪しむな、俺あ盗ッ人じゃねえ、見る通りのヤクザなんだ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>一<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby><ruby>出<rt>だ</rt></ruby>したとて<ruby>怪<rt>あや</rt></ruby>しむな、<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>あ<ruby>盗<rt>ぬす</rt></ruby>ッ<ruby>人<rt>と</rt></ruby>じゃねえ、<ruby>見<rt>み</rt></ruby>る<ruby>通<rt>とお</rt></ruby>りのヤクザなんだ。
ちゅーたろー 1りょー だしたとて あやしむな、 おれあ ぬすっとじゃ ねえ、 みる とおりの やくざなんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
汗をかいて稼いだ金じゃなし、多寡が出たとこ勝負、賭博場の賽の目次第で転げ込んだ泡沫銭だ。
<ruby>汗<rt>あせ</rt></ruby>をかいて<ruby>稼<rt>かせ</rt></ruby>いだ<ruby>金<rt>かね</rt></ruby>じゃなし、<ruby>多寡<rt>たか</rt></ruby>が<ruby>出<rt>で</rt></ruby>たとこ<ruby>勝負<rt>しょうぶ</rt></ruby>、<ruby>賭博場<rt>ばくちば</rt></ruby>の<ruby>賽<rt>さい</rt></ruby>の<ruby>目<rt>め</rt></ruby><ruby>次第<rt>しだい</rt></ruby>で<ruby>転<rt>ころ</rt></ruby>げ<ruby>込<rt>こ</rt></ruby>んだ<ruby>泡沫銭<rt>あぶくぜに</rt></ruby>だ。
あせを かいて かせいだ かねじゃ なし、 たかが でたとこ しょーぶ、 ばくちばの さいのめ しだいで ころげこんだ あぶくぜにだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
成ろう事ならお婆さん、糊売りでもして暮してくれろ。
<ruby>成<rt>な</rt></ruby>ろう<ruby>事<rt>こと</rt></ruby>ならお<ruby>婆<rt>ばあ</rt></ruby>さん、<ruby>糊売<rt>のりう</rt></ruby>りでもして<ruby>暮<rt>くら</rt></ruby>してくれろ。
なろー ことなら おばあさん、 のりうりでも して くらして くれろ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
死んだ息子が安心するぜ。
<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んだ<ruby>息子<rt>むすこ</rt></ruby>が<ruby>安心<rt>あんしん</rt></ruby>するぜ。
しんだ むすこが あんしん するぜ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 あばよ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>あばよ。
ちゅーたろー あばよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(行きかける)
(<ruby>行<rt>い</rt></ruby>きかける)
(いきかける)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(振り返って頭を下げて去る)
(<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>って<ruby>頭<rt>あたま</rt></ruby>を<ruby>下<rt>さ</rt></ruby>げて<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(ふりかえって あたまを さげて さる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (おとらを見送り、水熊を振り向く。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(おとらを<ruby>見送<rt>みおく</rt></ruby>り、<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>を<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>向<rt>む</rt></ruby>く。
ちゅーたろー (おとらを みおくり、 みずくまを ふりむく。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
会ってみようか、いや止めておけ、まだ不確かだと思い、知らず知らず歩く)
<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>ってみようか、いや<ruby>止<rt>や</rt></ruby>めておけ、まだ<ruby>不確<rt>ふたし</rt></ruby>かだと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い、<ruby>知<rt>し</rt></ruby>らず<ruby>知<rt>し</rt></ruby>らず<ruby>歩<rt>ある</rt></ruby>く)
あって みよーか、 いや やめて おけ、 まだ ふたしかだと おもい、 しらず しらず あるく
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 (孫助と出入口を開けて、窺く。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>(<ruby>孫助<rt>まごすけ</rt></ruby>と<ruby>出入口<rt>でいりぐち</rt></ruby>を<ruby>開<rt>あ</rt></ruby>けて、<ruby>窺<rt>のぞ</rt></ruby>く。
( とーはち (まごすけと でいりぐちを あけて、 のぞく。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
共に忠太郎に好意を持っていない)
<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>に<ruby>好意<rt>こうい</rt></ruby>を<ruby>持<rt>も</rt></ruby>っていない)
ともに ちゅーたろーに こーいを もって いない)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (もしや、母の家かと思い、振り返り、偶然二人を見る)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(もしや、<ruby>母<rt>はは</rt></ruby>の<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>かと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い、<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>り、<ruby>偶然<rt>ぐうぜん</rt></ruby><ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>を<ruby>見<rt>み</rt></ruby>る)
ちゅーたろー (もしや、 ははの うちかと おもい、 ふりかえり、 ぐーぜん ふたりを みる
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八等 (舌打ちなどして引込む)
<ruby>藤八等<rt>とうはちら</rt></ruby>(<ruby>舌打<rt>したう</rt></ruby>ちなどして<ruby>引込<rt>ひっこ</rt></ruby>む)
( とーはちら (したうちなど して ひっこむ)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (それをケントクなりとして、尋ねてみる気で引返す)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(それをケントクなりとして、<ruby>尋<rt>たず</rt></ruby>ねてみる<ruby>気<rt>き</rt></ruby>で<ruby>引返<rt>ひきかえ</rt></ruby>す)
ちゅーたろー (それを けんとくなりと して、 たずねて みる きで ひきかえす
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
三吉 (およつと話しながら、参詣から帰ってくる)
<ruby>三吉<rt>さんきち</rt></ruby>(およつと<ruby>話<rt>はな</rt></ruby>しながら、<ruby>参詣<rt>さんけい</rt></ruby>から<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>ってくる)
( さんきち (およつと はなしながら、 さんけいから かえって くる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (芸者二人に振り返ってみられ、出鼻を挫かれ、立去りかける)
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>芸者<rt>げいしゃ</rt></ruby><ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>に<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>ってみられ、<ruby>出鼻<rt>でばな</rt></ruby>を<ruby>挫<rt>くじ</rt></ruby>かれ、<ruby>立去<rt>たちさ</rt></ruby>りかける)
ちゅーたろー (げいしゃ ふたりに ふりかえって みられ、 でばなを くじかれ、 たちさりかける)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
第二場 おはまの居間
<ruby>第<rt>だい</rt></ruby>二<ruby>場<rt>ば</rt></ruby>おはまの<ruby>居間<rt>いま</rt></ruby>
だい2ば おはまの いま
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
水熊女主人の部屋。
<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby><ruby>女<rt>おんな</rt></ruby><ruby>主人<rt>しゅじん</rt></ruby>の<ruby>部屋<rt>へや</rt></ruby>。
≪ みずくま おんな しゅじんの へや。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
右手は中庭、左手は廊下、部屋は明るく派手である。
<ruby>右手<rt>みぎて</rt></ruby>は<ruby>中庭<rt>なかにわ</rt></ruby>、<ruby>左手<rt>ひだりて</rt></ruby>は<ruby>廊下<rt>ろうか</rt></ruby>、<ruby>部屋<rt>へや</rt></ruby>は<ruby>明<rt>あか</rt></ruby>るく<ruby>派手<rt>はで</rt></ruby>である。
みぎてわ なかにわ、 ひだりてわ ろーか、 へやわ あかるく はでで ある。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
女将おはま(五十二歳なれど若く見える)長火鉢に倚って煙草をのんでいる。
<ruby>女将<rt>おかみ</rt></ruby>おはま(五十二<ruby>歳<rt>さい</rt></ruby>なれど<ruby>若<rt>わか</rt></ruby>く<ruby>見<rt>み</rt></ruby>える)<ruby>長火鉢<rt>ながひばち</rt></ruby>に<ruby>倚<rt>よ</rt></ruby>って<ruby>煙草<rt>たばこ</rt></ruby>をのんでいる。
おかみ おはま(52さいなれど わかく みえる) ながひばちに よって たばこを のんで いる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはまの娘お登世(十八、九歳)化粧がすみ、着物を着換えている。
おはまの<ruby>娘<rt>むすめ</rt></ruby>お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>(十八、九<ruby>歳<rt>さい</rt></ruby>)<ruby>化粧<rt>けしょう</rt></ruby>がすみ、<ruby>着物<rt>きもの</rt></ruby>を<ruby>着換<rt>きが</rt></ruby>えている。
おはまの むすめ おとせ(189さい) けしょーが すみ、 きものを きがえて いる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ (惚れぼれと見あげ)ああいい。
おふみ(<ruby>惚<rt>ほ</rt></ruby>れぼれと<ruby>見<rt>み</rt></ruby>あげ)ああいい。
おふみ (ほれぼれと みあげ) ああ いい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
ねえおかみさん、左様じゃありませんか。
ねえおかみさん、<ruby>左様<rt>そう</rt></ruby>じゃありませんか。
ねえ おかみさん、 そーじゃ ありませんか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (嬉しそうに)うふふふふ。
おはま(<ruby>嬉<rt>うれ</rt></ruby>しそうに)うふふふふ。
おはま (うれしそーに) うふふふふ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ 本当に、あたしが男だったら打抛っときやしませんよ。
おふみ<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>に、あたしが<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>だったら<ruby>打抛<rt>うっちゃ</rt></ruby>っときやしませんよ。
おふみ ほんとーに、 あたしが おとこだったら うっちゃっときや しませんよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 やあだ。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>やあだ。
おとせ やあだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみじゃあたいが可哀そうでしょう。
おふみじゃあたいが<ruby>可哀<rt>かわい</rt></ruby>そうでしょう。
おふみじゃ あたいが かわいそーでしょー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 お前になら八百屋の小僧が恰度だねえおふみ。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>お<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>になら<ruby>八百屋<rt>やおや</rt></ruby>の<ruby>小僧<rt>こぞう</rt></ruby>が<ruby>恰度<rt>ちょうど</rt></ruby>だねえおふみ。
おとせ おまえになら やおやの こぞーが ちょーどだねえ おふみ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
それだって職過ぎます。
それだって<ruby>職過<rt>しょくす</rt></ruby>ぎます。
それだって しょくすぎます。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ 何をいってるのさ。
おふみ<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>をいってるのさ。
おふみ なにを いってるのさ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喧嘩をどこでしてるのさ。
<ruby>喧嘩<rt>けんか</rt></ruby>をどこでしてるのさ。
けんかを どこで してるのさ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
脅かしちゃ厭だよ。
<ruby>脅<rt>おど</rt></ruby>かしちゃ<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>だよ。
おどかしちゃ いやだよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
どこかで喧嘩してるね。
どこかで<ruby>喧嘩<rt>けんか</rt></ruby>してるね。
どこかで けんか してるね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 どこで。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>どこで。
おとせ どこで。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ あ、本当でしたねえ。
おふみあ、<ruby>本当<rt>ほんとう</rt></ruby>でしたねえ。
おふみ あ、 ほんとーでしたねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おや家じゃありませんか。
おや<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>じゃありませんか。
おや うちじゃ ありませんか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 打抛っておおき。
おはま<ruby>打抛<rt>うっちゃ</rt></ruby>っておおき。
おはま うっちゃって おおき。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
大所帯を張ってると内輪同士の争いは珍しかない、一々気にとめていられるものかね。
<ruby>大所帯<rt>おおじょたい</rt></ruby>を<ruby>張<rt>は</rt></ruby>ってると<ruby>内輪<rt>うちわ</rt></ruby><ruby>同士<rt>どうし</rt></ruby>の<ruby>争<rt>あらそ</rt></ruby>いは<ruby>珍<rt>めずら</rt></ruby>しかない、<ruby>一々<rt>いちいち</rt></ruby><ruby>気<rt>き</rt></ruby>にとめていられるものかね。
おおじょたいを はってると うちわ どーしの あらそいわ めずらしか ない、 いちいち きに とめて いられる ものかね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
それよりかお登世。
それよりかお<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>。
それよりか おとせ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
早く顔を出しといで。
<ruby>早<rt>はや</rt></ruby>く<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しといで。
はやく かおを だしといで。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
水熊のご馳走は一にお登世、二に料理と人様が仰有るくらいだ。
<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>のご<ruby>馳走<rt>ちそう</rt></ruby>は一にお<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>、二に<ruby>料理<rt>りょうり</rt></ruby>と<ruby>人様<rt>ひとさま</rt></ruby>が<ruby>仰有<rt>おっしゃ</rt></ruby>るくらいだ。
みずくまの ごちそーわ 1に おとせ、 2に りょーりと ひとさまが おっしゃるくらいだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
早く顔を出しといで。
<ruby>早<rt>はや</rt></ruby>く<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しといで。
はやく かおを だしといで。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
家のおかみさんが年よか十も十五も若いことでしょう。
<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>のおかみさんが<ruby>年<rt>とし</rt></ruby>よか<ruby>十<rt>とお</rt></ruby>も十五も<ruby>若<rt>わか</rt></ruby>いことでしょう。
うちの おかみさんが としよか とおも 15も わかい ことでしょー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 きょうは淡州様のお留守居さんだったね。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>きょうは<ruby>淡州様<rt>たんしゅうさま</rt></ruby>のお<ruby>留守居<rt>るすい</rt></ruby>さんだったね。
おとせ きょーわ たんしゅーさまの おるすいさんだったね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ、気をつけてやっておくれ。
おふみ、<ruby>気<rt>き</rt></ruby>をつけてやっておくれ。
おふみ、 きを つけて やって おくれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世、おふみは廊下の奥へ入る。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>、おふみは<ruby>廊下<rt>ろうか</rt></ruby>の<ruby>奥<rt>おく</rt></ruby>へ<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>る。
≪ おとせ、 おふみわ ろーかの おくえ はいる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
口論の声が聞える。
<ruby>口論<rt>こうろん</rt></ruby>の<ruby>声<rt>こえ</rt></ruby>が<ruby>聞<rt>きこ</rt></ruby>える。
こーろんの こえが きこえる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 五月蠅いね、呶鳴ってるのは藤公だね。
おはま<ruby>五月蠅<rt>うるさ</rt></ruby>いね、<ruby>呶鳴<rt>どな</rt></ruby>ってるのは<ruby>藤公<rt>とうこう</rt></ruby>だね。
おはま うるさいね、 どなってるのわ とーこーだね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
口論の声に皿の破れる音が混る。
<ruby>口論<rt>こうろん</rt></ruby>の<ruby>声<rt>こえ</rt></ruby>に<ruby>皿<rt>さら</rt></ruby>の<ruby>破<rt>わ</rt></ruby>れる<ruby>音<rt>おと</rt></ruby>が<ruby>混<rt>まざ</rt></ruby>る。
≪ こーろんの こえに さらの われる おとが まざる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (疳を起して)おせう。
おはま(<ruby>疳<rt>かん</rt></ruby>を<ruby>起<rt>おこ</rt></ruby>して)おせう。
おはま (かんを おこして) おしょー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
行って左様おいい、いい加減にしろッて。
<ruby>行<rt>い</rt></ruby>って<ruby>左様<rt>そう</rt></ruby>おいい、いい<ruby>加減<rt>かげん</rt></ruby>にしろッて。
いって そー おいい、 いいかげんに しろって。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
喧嘩をしてる奴はみんなここへ雁首を揃えて来いって。
<ruby>喧嘩<rt>けんか</rt></ruby>をしてる<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>はみんなここへ<ruby>雁首<rt>がんくび</rt></ruby>を<ruby>揃<rt>そろ</rt></ruby>えて<ruby>来<rt>こ</rt></ruby>いって。
けんかを してる やつわ みんな ここえ がんくびを そろえて こいって。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(急いで行く)
(<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>いで<ruby>行<rt>い</rt></ruby>く)
(いそいで いく)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 板前さん。
おはま<ruby>板前<rt>いたまえ</rt></ruby>さん。
おはま いたまえさん。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
五月蠅いねえ。
<ruby>五月蠅<rt>うるさ</rt></ruby>いねえ。
うるさいねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 飛んでもねえ奴だもんですから、それでああ哦鳴り立てたので、もう片付きかけてますから、でねおかみさんがもしひよッと、何だろうとお思いなすって、お顔をお出しになると面倒だから、それをお断りに出ましたんで。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby><ruby>飛<rt>と</rt></ruby>んでもねえ<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>だもんですから、それでああ<ruby>哦鳴<rt>がな</rt></ruby>り<ruby>立<rt>た</rt></ruby>てたので、もう<ruby>片付<rt>かたづ</rt></ruby>きかけてますから、でねおかみさんがもしひよッと、<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だろうとお<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>いなすって、お<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>をお<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しになると<ruby>面倒<rt>めんどう</rt></ruby>だから、それをお<ruby>断<rt>ことわ</rt></ruby>りに<ruby>出<rt>で</rt></ruby>ましたんで。
ぜんざぶろー とんでもねえ やつだ もんですから、 それで ああ がなりたてたので、 もー かたづきかけてますから、 でね おかみさんが もし ひょっと、 なんだろーと おおもい なすって、 おかおを おだしに なると めんどーだから、 それを おことわりに でましたんで。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(立ちかかる)
(<ruby>立<rt>た</rt></ruby>ちかかる)
(たちかかる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 何だって、あたしに顔を出すなっての、頼まれたって顔は出さないよ、そのためにお前さんが控えてるのじゃないか。
おはま<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だって、あたしに<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>すなっての、<ruby>頼<rt>たの</rt></ruby>まれたって<ruby>顔<rt>かお</rt></ruby>は<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>さないよ、そのためにお<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>さんが<ruby>控<rt>ひか</rt></ruby>えてるのじゃないか。
おはま なんだって、 あたしに かおを だすなっての、 たのまれたって かおわ ださないよ、 その ために おまえさんが ひかえてるのじゃ ないか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
また煮方と洗い方とがトンガリッこなしてるんだろう。
また<ruby>煮方<rt>にかた</rt></ruby>と<ruby>洗<rt>あら</rt></ruby>い<ruby>方<rt>かた</rt></ruby>とがトンガリッこなしてるんだろう。
また にかたと あらいかたとが とんがりっこを してるんだろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 きょうのは家の者同士じゃございません。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>きょうのは<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>の<ruby>者<rt>もの</rt></ruby><ruby>同士<rt>どうし</rt></ruby>じゃございません。
ぜんざぶろー きょーのわ うちの もの どーしじゃ ございません。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
相手は他所の奴で。
<ruby>相手<rt>あいて</rt></ruby>は<ruby>他所<rt>よそ</rt></ruby>の<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>で。
あいてわ よその やつで。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 何だというのさ。
おはま<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だというのさ。
おはま なんだと いうのさ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 銭貰いですよ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby><ruby>銭貰<rt>ぜにもら</rt></ruby>いですよ。
ぜんざぶろー ぜにもらいですよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おかみさんに会って聞きてえことがあると、厭な台詞をいうじゃありませんか。
おかみさんに<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>って<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>きてえことがあると、<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>な<ruby>台詞<rt>せりふ</rt></ruby>をいうじゃありませんか。
おかみさんに あって ききてえ ことが あると、 いやな せりふを いうじゃ ありませんか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
疳にさわったから剣呑を食らわした処から、ツイあんなに大きな声をいたしましたんで。
<ruby>疳<rt>かん</rt></ruby>にさわったから<ruby>剣呑<rt>けんのみ</rt></ruby>を<ruby>食<rt>く</rt></ruby>らわした<ruby>処<rt>ところ</rt></ruby>から、ツイあんなに<ruby>大<rt>おお</rt></ruby>きな<ruby>声<rt>こえ</rt></ruby>をいたしましたんで。
かんに さわったから けんのみを くらわした ところから、 つい あんなに おおきな こえを いたしましたんで。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま さッきは知りもしない婆さんが会わせてくれといって来たそうだし、今度のは男なんだね。
おはまさッきは<ruby>知<rt>し</rt></ruby>りもしない<ruby>婆<rt>ばあ</rt></ruby>さんが<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>わせてくれといって<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たそうだし、<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>のは<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>なんだね。
おはま さっきわ しりも しない ばあさんが あわせて くれと いって きたそーだし、 こんどのわ おとこなんだね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 あっしは見ませんでしたが、さッき来た婆と、口をきいていたっていうから、どうで東両国の菰ッ張りの外で、さあさあざっとご覧よご覧よと囀ってる、夜鷹の立番でしょう。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>あっしは<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ませんでしたが、さッき<ruby>来<rt>き</rt></ruby>た<ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>と、<ruby>口<rt>くち</rt></ruby>をきいていたっていうから、どうで<ruby>東<rt>ひがし</rt></ruby><ruby>両国<rt>りょうごく</rt></ruby>の<ruby>菰<rt>こも</rt></ruby>ッ<ruby>張<rt>ぱ</rt></ruby>りの<ruby>外<rt>そと</rt></ruby>で、さあさあざっとご<ruby>覧<rt>らん</rt></ruby>よご<ruby>覧<rt>らん</rt></ruby>よと<ruby>囀<rt>さえず</rt></ruby>ってる、<ruby>夜鷹<rt>よたか</rt></ruby>の<ruby>立番<rt>たちばん</rt></ruby>でしょう。
ぜんざぶろー あっしわ みませんでしたが、 さっき きた ばばと、 くちを きいて いたって いうから、 どーで ひがし りょーごくの こもっぱりの そとで、 さあ さあ ざっと ごらんよ ごらんよと さえずってる、 よたかの たちばんでしょー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
今直ぐ追払っちまいますから。
<ruby>今<rt>いま</rt></ruby><ruby>直<rt>す</rt></ruby>ぐ<ruby>追払<rt>おっぱら</rt></ruby>っちまいますから。
いま すぐ おっぱらっちまいますから。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 何だ何だ、お前達は。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby><ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だ<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だ、お<ruby>前達<rt>めえたち</rt></ruby>は。
ぜんざぶろー なんだ なんだ、 おめえたちわ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま その男はそんなに強情なのかい。
おはまその<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>はそんなに<ruby>強情<rt>ごうじょう</rt></ruby>なのかい。
おはま その おとこわ そんなに ごーじょーなのかい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八 図抜け大一番の強情野郎ですぜ。
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby><ruby>図抜<rt>ずぬ</rt></ruby>け<ruby>大<rt>おお</rt></ruby>一<ruby>番<rt>ばん</rt></ruby>の<ruby>強情<rt>ごうじょう</rt></ruby><ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>ですぜ。
とーはち ずぬけ おお1ばんの ごーじょー やろーですぜ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
始めの内は猫撫で声で、下から出て来やがったが、板前さんが叱りつけたら、間もなく本性を出しやがって、槓でも動きませんや。
<ruby>始<rt>はじ</rt></ruby>めの<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>は<ruby>猫撫<rt>ねこな</rt></ruby>で<ruby>声<rt>ごえ</rt></ruby>で、<ruby>下<rt>した</rt></ruby>から<ruby>出<rt>で</rt></ruby>て<ruby>来<rt>き</rt></ruby>やがったが、<ruby>板前<rt>いたまえ</rt></ruby>さんが<ruby>叱<rt>しか</rt></ruby>りつけたら、<ruby>間<rt>ま</rt></ruby>もなく<ruby>本性<rt>ほんしょう</rt></ruby>を<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しやがって、<ruby>槓<rt>てこ</rt></ruby>でも<ruby>動<rt>うご</rt></ruby>きませんや。
はじめの うちわ ねこなでごえで、 したから でて きやがったが、 いたまえさんが しかりつけたら、 まもなく ほんしょーを だしやがって、 てこでも うごきませんや。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 あんな奴は癖にならあ、番所へ突き出しちゃえ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>あんな<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>は<ruby>癖<rt>くせ</rt></ruby>にならあ、<ruby>番所<rt>ばんしょ</rt></ruby>へ<ruby>突<rt>つ</rt></ruby>き<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しちゃえ。
ぜんざぶろー あんな やつわ くせに ならあ、 ばんしょえ つきだしちゃえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 静かにしておくれ。
おはま<ruby>静<rt>しず</rt></ruby>かにしておくれ。
おはま しずかに して おくれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
その人ってのをここへ連れといで。
その<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>ってのをここへ<ruby>連<rt>つ</rt></ruby>れといで。
その ひとってのを ここえ つれといで。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 おかみさん、そりゃ止めたが。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>おかみさん、そりゃ<ruby>止<rt>や</rt></ruby>めたが。
ぜんざぶろー おかみさん、 そりゃ やめたが。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま そんな男の捌きが付けられないでどうなるものか。
おはまそんな<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>の<ruby>捌<rt>さば</rt></ruby>きが<ruby>付<rt>つ</rt></ruby>けられないでどうなるものか。
おはま そんな おとこの さばきが つけられないで どー なる ものか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
引ッ張っといで、とっちめて帰らせてやるから。
<ruby>引<rt>ひ</rt></ruby>ッ<ruby>張<rt>ぱ</rt></ruby>っといで、とっちめて<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>らせてやるから。
ひっぱっといで、 とっちめて かえらせて やるから。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま みんな安心して引取っておくれ。
おはまみんな<ruby>安心<rt>あんしん</rt></ruby>して<ruby>引取<rt>ひきと</rt></ruby>っておくれ。
おはま みんな あんしん して ひきとって おくれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
水熊の屋台骨を背負ってるあたしだ、男なんかに負けるものかね。
<ruby>水熊<rt>みずくま</rt></ruby>の<ruby>屋台骨<rt>やたいぼね</rt></ruby>を<ruby>背負<rt>せお</rt></ruby>ってるあたしだ、<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>なんかに<ruby>負<rt>ま</rt></ruby>けるものかね。
みずくまの やたいぼねを せおってる あたしだ、 おとこなんかに まける ものかね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 そりゃ確かにそうですが、心配だなあ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>そりゃ<ruby>確<rt>たし</rt></ruby>かにそうですが、<ruby>心配<rt>しんぱい</rt></ruby>だなあ。
ぜんざぶろー そりゃ たしかに そーですが、 しんぱいだなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 大丈夫だよ。
おはま<ruby>大丈夫<rt>だいじょうぶ</rt></ruby>だよ。
おはま だいじょーぶだよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
見ておいで、その男は尻尾を巻いて帰って行くから。
<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ておいで、その<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>は<ruby>尻尾<rt>しっぽ</rt></ruby>を<ruby>巻<rt>ま</rt></ruby>いて<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>って<ruby>行<rt>い</rt></ruby>くから。
みて おいで、 その おとこわ しっぽを まいて かえって いくから。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 (子之吉等に行こうという)
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>(<ruby>子之吉等<rt>ねのきちら</rt></ruby>に<ruby>行<rt>い</rt></ruby>こうという)
ぜんざぶろー (ねのきちらに いこーと いう) ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎を最後に子之吉、藤八等、料理場の方へ行きかける。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>を<ruby>最後<rt>さいご</rt></ruby>に<ruby>子之吉<rt>ねのきち</rt></ruby>、<ruby>藤八等<rt>とうはちら</rt></ruby>、<ruby>料理場<rt>りょうりば</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>へ<ruby>行<rt>い</rt></ruby>きかける。
ぜんざぶろーを さいごに ねのきち、 とーはちら、 りょーりばの ほーえ いきかける。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎等の険しい眼を意に介せず、敷居の外に手を突く。
<ruby>善三郎等<rt>ぜんざぶろうら</rt></ruby>の<ruby>険<rt>けわ</rt></ruby>しい<ruby>眼<rt>め</rt></ruby>を<ruby>意<rt>い</rt></ruby>に<ruby>介<rt>かい</rt></ruby>せず、<ruby>敷居<rt>しきい</rt></ruby>の<ruby>外<rt>そと</rt></ruby>に<ruby>手<rt>て</rt></ruby>を<ruby>突<rt>つ</rt></ruby>く。
ぜんざぶろーらの けわしい めを いに かいせず、 しきいの そとに てを つく。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎等去る。
<ruby>善三郎等<rt>ぜんざぶろうら</rt></ruby><ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る。
ぜんざぶろーら さる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 中へ入って用があるんなら云っておくれ、聞くだけは聞こう、だが、永ったらしいことはあたしあ嫌いだ、断っておくよ。
おはま<ruby>中<rt>なか</rt></ruby>へ<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>って<ruby>用<rt>よう</rt></ruby>があるんなら<ruby>云<rt>い</rt></ruby>っておくれ、<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>くだけは<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>こう、だが、<ruby>永<rt>なが</rt></ruby>ったらしいことはあたしあ<ruby>嫌<rt>きら</rt></ruby>いだ、<ruby>断<rt>ことわ</rt></ruby>っておくよ。
おはま なかえ はいって よーが あるんなら いって おくれ、 きくだけわ きこー、 だが、 ながったらしい ことわ あたしあ きらいだ、 ことわって おくよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 ご免蒙りますでござんす。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>ご<ruby>免<rt>めん</rt></ruby><ruby>蒙<rt>こうむ</rt></ruby>りますでござんす。
ちゅーたろー ごめん こーむりますで ござんす。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(敷居を越えて下手に坐る)
(<ruby>敷居<rt>しきい</rt></ruby>を<ruby>越<rt>こ</rt></ruby>えて<ruby>下手<rt>しもて</rt></ruby>に<ruby>坐<rt>すわ</rt></ruby>る)
(しきいを こえて しもてに すわる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま さあ、何とか云わないのか。
おはまさあ、<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>とか<ruby>云<rt>い</rt></ruby>わないのか。
おはま さあ、 なんとか いわないのか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
用があって来たんだろう。
<ruby>用<rt>よう</rt></ruby>があって<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たんだろう。
よーが あって きたんだろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 へえ、申しますでござんす。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>へえ、<ruby>申<rt>もう</rt></ruby>しますでござんす。
ちゅーたろー へえ、 もーしますで ござんす。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(何といって切り出したらいいかに迷う)
(<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>といって<ruby>切<rt>き</rt></ruby>り<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>したらいいかに<ruby>迷<rt>まよ</rt></ruby>う)
(なんと いって きりだしたら いいかに まよう)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 何だよ。
おはま<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>だよ。
おはま なんだよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 おかみさん――当って砕ける気持ちで、失礼な事をお尋ね申しとうござんす。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>おかみさん――<ruby>当<rt>あた</rt></ruby>って<ruby>砕<rt>くだ</rt></ruby>ける<ruby>気持<rt>きも</rt></ruby>ちで、<ruby>失礼<rt>しつれい</rt></ruby>な<ruby>事<rt>こと</rt></ruby>をお<ruby>尋<rt>たず</rt></ruby>ね<ruby>申<rt>もう</rt></ruby>しとうござんす。
ちゅーたろー おかみさん -- あたって くだける きもちで、 しつれいな ことを おたずね もーしとー ござんす。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おかみさんはもしや、あッしぐらいの年頃の男の子を持った憶えはござんせんか。
おかみさんはもしや、あッしぐらいの<ruby>年頃<rt>としごろ</rt></ruby>の<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>の<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>を<ruby>持<rt>も</rt></ruby>った<ruby>憶<rt>おぼ</rt></ruby>えはござんせんか。
おかみさんわ もしや、 あっしぐらいの としごろの おとこのこを もった おぼえわ ござんせんか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt