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善三郎 (与兵衛、藤八等と共に尻込む)
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>(<ruby>与兵衛<rt>よへえ</rt></ruby>、<ruby>藤八等<rt>とうはちら</rt></ruby>と<ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に<ruby>尻込<rt>しりご</rt></ruby>む)
ぜんざぶろー (よへえ、 とーはちらと ともに しりごむ)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 手前達に聞かせる話じゃねえ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>手前達<rt>てめえたち</rt></ruby>に<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>かせる<ruby>話<rt>はなし</rt></ruby>じゃねえ。
ちゅーたろー てめえたちに きかせる はなしじゃ ねえ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
失せろ。
<ruby>失<rt>う</rt></ruby>せろ。
うせろ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
行かねえか。
<ruby>行<rt>い</rt></ruby>かねえか。
いかねえか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(障子を閉める)
(<ruby>障子<rt>しょうじ</rt></ruby>を<ruby>閉<rt>し</rt></ruby>める)
(しょーじを しめる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 (与兵衛と囁く。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>(<ruby>与兵衛<rt>よへえ</rt></ruby>と<ruby>囁<rt>ささや</rt></ruby>く。
ぜんざぶろー (よへえと ささやく。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
藤八を呼んで囁きつつ、三人共に去る)
<ruby>藤八<rt>とうはち</rt></ruby>を<ruby>呼<rt>よ</rt></ruby>んで<ruby>囁<rt>ささや</rt></ruby>きつつ、三<ruby>人<rt>にん</rt></ruby><ruby>共<rt>とも</rt></ruby>に<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
とーはちを よんで ささやきつつ、 3にん ともに さる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 長え間のお邪魔でござんした。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>長<rt>なげ</rt></ruby>え<ruby>間<rt>あいだ</rt></ruby>のお<ruby>邪魔<rt>じゃま</rt></ruby>でござんした。
ちゅーたろー なげえ あいだの おじゃまで ござんした。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
それじゃおかみさんご機嫌よう、二度と忠太郎は参りやしません――愚痴をいうじゃねえけれど、夫婦は二世、親子は一世と、だれが云い出したか、身に沁みらあ。
それじゃおかみさんご<ruby>機嫌<rt>きげん</rt></ruby>よう、二<ruby>度<rt>ど</rt></ruby>と<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>は<ruby>参<rt>まい</rt></ruby>りやしません――<ruby>愚痴<rt>ぐち</rt></ruby>をいうじゃねえけれど、<ruby>夫婦<rt>ふうふ</rt></ruby>は二<ruby>世<rt>せ</rt></ruby>、<ruby>親子<rt>おやこ</rt></ruby>は一<ruby>世<rt>せ</rt></ruby>と、だれが<ruby>云<rt>い</rt></ruby>い<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>したか、<ruby>身<rt>み</rt></ruby>に<ruby>沁<rt>し</rt></ruby>みらあ。
それじゃ おかみさん ごきげんよー、 2どと ちゅーたろーわ まいりや しません -- ぐちを いうじゃ ねえけれど、 ふーふわ 2せ、 おやこわ 1せと、 だれが いいだしたか、 みに しみらあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 忠太郎さんお待ち。
おはま<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>さんお<ruby>待<rt>ま</rt></ruby>ち。
おはま ちゅーたろー さん おまち。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (耳にも入れず、廊下へ出て)おかみさんにゃ娘さんがあるらしいが、一と目逢いてえ――それも愚痴か。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(<ruby>耳<rt>みみ</rt></ruby>にも<ruby>入<rt>い</rt></ruby>れず、<ruby>廊下<rt>ろうか</rt></ruby>へ<ruby>出<rt>で</rt></ruby>て)おかみさんにゃ<ruby>娘<rt>むすめ</rt></ruby>さんがあるらしいが、<ruby>一<rt>ひ</rt></ruby>と<ruby>目<rt>め</rt></ruby><ruby>逢<rt>あ</rt></ruby>いてえ――それも<ruby>愚痴<rt>ぐち</rt></ruby>か。
ちゅーたろー (みみにも いれず、 ろーかえ でて) おかみさんにゃ むすめさんが あるらしいが、 ひとめ あいてえ -- それも ぐちか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
自分ばかりが勝手次第に、ああかこうかと夢をかいて、母や妹を恋しがっても、そっちとこっちは立つ瀬が別ッ個――考えてみりゃあ俺も馬鹿よ、幼い時に別れた生みの母は、こう瞼の上下ぴッたり合せ、思い出しゃあ絵で描くように見えてたものをわざわざ骨を折って消してしまった。
<ruby>自分<rt>じぶん</rt></ruby>ばかりが<ruby>勝手<rt>かって</rt></ruby><ruby>次第<rt>しだい</rt></ruby>に、ああかこうかと<ruby>夢<rt>ゆめ</rt></ruby>をかいて、<ruby>母<rt>はは</rt></ruby>や<ruby>妹<rt>いもうと</rt></ruby>を<ruby>恋<rt>こい</rt></ruby>しがっても、そっちとこっちは<ruby>立<rt>た</rt></ruby>つ<ruby>瀬<rt>せ</rt></ruby>が<ruby>別<rt>べ</rt></ruby>ッ<ruby>個<rt>こ</rt></ruby>――<ruby>考<rt>かんが</rt></ruby>えてみりゃあ<ruby>俺<rt>おれ</rt></ruby>も<ruby>馬鹿<rt>ばか</rt></ruby>よ、<ruby>幼<rt>おさな</rt></ruby>い<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>に<ruby>別<rt>わか</rt></ruby>れた<ruby>生<rt>う</rt></ruby>みの<ruby>母<rt>はは</rt></ruby>は、こう<ruby>瞼<rt>まぶた</rt></ruby>の<ruby>上下<rt>じょうげ</rt></ruby>ぴッたり<ruby>合<rt>あわ</rt></ruby>せ、<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しゃあ<ruby>絵<rt>え</rt></ruby>で<ruby>描<rt>か</rt></ruby>くように<ruby>見<rt>み</rt></ruby>えてたものをわざわざ<ruby>骨<rt>ほね</rt></ruby>を<ruby>折<rt>お</rt></ruby>って<ruby>消<rt>け</rt></ruby>してしまった。
じぶんばかりが かって しだいに、 ああか こーかと ゆめを かいて、 ははや いもーとを こいしがっても、 そっちと こっちわ たつせが べっこ -- かんがえて みりゃあ おれも ばかよ、 おさない ときに わかれた うみの ははわ、 こー まぶたの じょーげ ぴったり あわせ、 おもいだしゃあ えで かくよーに みえてた ものを わざわざ ほねを おって けして しまった。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おかみさんご免なさんせ。
おかみさんご<ruby>免<rt>めん</rt></ruby>なさんせ。
おかみさん ごめん なさんせ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(障子を閉る)
(<ruby>障子<rt>しょうじ</rt></ruby>を<ruby>閉<rt>しめ</rt></ruby>る)
(しょーじを しめる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(呼びかけて思い直す)
(<ruby>呼<rt>よ</rt></ruby>びかけて<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>直<rt>なお</rt></ruby>す)
(よびかけて おもいなおす) ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世、廊下の奥から何も知らずにくる、後におふみが付いている。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>、<ruby>廊下<rt>ろうか</rt></ruby>の<ruby>奥<rt>おく</rt></ruby>から<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>も<ruby>知<rt>し</rt></ruby>らずにくる、<ruby>後<rt>あと</rt></ruby>におふみが<ruby>付<rt>つ</rt></ruby>いている。
おとせ、 ろーかの おくから なにも しらずに くる、 あとに おふみが ついて いる。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
雨の音が聞こえる。
<ruby>雨<rt>あめ</rt></ruby>の<ruby>音<rt>おと</rt></ruby>が<ruby>聞<rt>き</rt></ruby>こえる。
あめの おとが きこえる ≪
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎 (お登世を瞶める)よく似ているなあ。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>(お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>を<ruby>瞶<rt>みつ</rt></ruby>める)よく<ruby>似<rt>に</rt></ruby>ているなあ。
ちゅーたろー (おとせを みつめる) よく にて いるなあ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(懐しげに振り返りつつ去る)
(<ruby>懐<rt>なつか</rt></ruby>しげに<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>返<rt>かえ</rt></ruby>りつつ<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(なつかしげに ふりかえりつつ さる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 だあれ、あの人。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>だあれ、あの<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>。
おとせ だあれ、 あの ひと。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ (頭を振る)
おふみ(<ruby>頭<rt>あたま</rt></ruby>を<ruby>振<rt>ふ</rt></ruby>る)
おふみ (あたまを ふる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 おッかさんに似てやしない。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>おッかさんに<ruby>似<rt>に</rt></ruby>てやしない。
おとせ おっかさんに にてや しない。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ (思わず膝を打ち)そうでしたね。
おふみ(<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>わず<ruby>膝<rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby>打<rt>う</rt></ruby>ち)そうでしたね。
おふみ (おもわず ひざを うち) そーでしたね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (未練が出て、廊下へ出ようとする)
おはま(<ruby>未練<rt>みれん</rt></ruby>が<ruby>出<rt>で</rt></ruby>て、<ruby>廊下<rt>ろうか</rt></ruby>へ<ruby>出<rt>で</rt></ruby>ようとする)
おはま (みれんが でて、 ろーかえ でよーと する)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 あ、おッかさん。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>あ、おッかさん。
おとせ あ、 おっかさん。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
今の男の人だあれ。
<ruby>今<rt>いま</rt></ruby>の<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby>の<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>だあれ。
いまの おとこの ひと だあれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま お前、見たのかい。
おはまお<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>、<ruby>見<rt>み</rt></ruby>たのかい。
おはま おまえ、 みたのかい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(火鉢の方へ行く)
(<ruby>火鉢<rt>ひばち</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>へ<ruby>行<rt>い</rt></ruby>く)
(ひばちの ほーえ いく)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 (座敷へ入る)ええ。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>(<ruby>座敷<rt>ざしき</rt></ruby>へ<ruby>入<rt>はい</rt></ruby>る)ええ。
おとせ (ざしきえ はいる) ええ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
ちょいと似てた。
ちょいと<ruby>似<rt>に</rt></ruby>てた。
ちょいと にてた。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ (おはまに気兼ねして)ええ。
おふみ(おはまに<ruby>気兼<rt>きが</rt></ruby>ねして)ええ。
おふみ (おはまに きがね して) ええ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (涙ぐむ)
おはま(<ruby>涙<rt>なみだ</rt></ruby>ぐむ)
おはま (なみだぐむ)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 どうしたの厭なおッかさんね。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>どうしたの<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>なおッかさんね。
おとせ どー したの いやな おっかさんね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(もしやあれが胤違いの兄かと思い当る)おッかさん、おッかさんてば。
(もしやあれが<ruby>胤違<rt>たねちが</rt></ruby>いの<ruby>兄<rt>あに</rt></ruby>かと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>当<rt>あた</rt></ruby>る)おッかさん、おッかさんてば。
(もしや あれが たねちがいの あにかと おもいあたる) おっかさん、 おっかさんてば。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 あの人。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>あの<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>。
おとせ あの ひと。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
いつかもおッかさんが話していた人じゃない。
いつかもおッかさんが<ruby>話<rt>はな</rt></ruby>していた<ruby>人<rt>ひと</rt></ruby>じゃない。
いつかも おっかさんが はなして いた ひとじゃ ない。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (涙を拭う)
おはま(<ruby>涙<rt>なみだ</rt></ruby>を<ruby>拭<rt>ぬぐ</rt></ruby>う)
おはま (なみだを ぬぐう)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 江州の忠太郎兄さんじゃないの。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby><ruby>江州<rt>ごうしゅう</rt></ruby>の<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんじゃないの。
おとせ ごーしゅーの ちゅーたろー にいさんじゃ ないの。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
でも、忠太郎さんは九ツで死んだっていうから、そんな筈がないんだけれど。
でも、<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>さんは<ruby>九<rt>ここの</rt></ruby>ツで<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んだっていうから、そんな<ruby>筈<rt>はず</rt></ruby>がないんだけれど。
でも、 ちゅーたろー さんわ ここのつで しんだって いうから、 そんな はずが ないんだけれど。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (嗚咽する)
おはま(<ruby>嗚咽<rt>おえつ</rt></ruby>する)
おはま (おえつ する)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 あ、矢張り兄さん。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>あ、<ruby>矢張<rt>やは</rt></ruby>り<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さん。
おとせ あ、 やはり にいさん。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎兄さんだったの。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby><ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんだったの。
ちゅーたろー にいさんだったの。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (泣き咽ぶ)
おはま(<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>き<ruby>咽<rt>むせ</rt></ruby>ぶ)
おはま (なきむせぶ)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 兄さんだ兄さんだ。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby><ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんだ<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんだ。
おとせ にいさんだ にいさんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おッかさん、兄さんなら何故帰したの、何故帰しちゃったの。
おッかさん、<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんなら<ruby>何故<rt>なぜ</rt></ruby><ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>したの、<ruby>何故<rt>なぜ</rt></ruby><ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>しちゃったの。
おっかさん、 にいさんなら なぜ かえしたの、 なぜ かえしちゃったの。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま か、堪忍おし。
おはまか、<ruby>堪忍<rt>かんにん</rt></ruby>おし。
おはま か、 かんにん おし。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おッかさんは薄情だったんだよ。
おッかさんは<ruby>薄情<rt>はくじょう</rt></ruby>だったんだよ。
おっかさんわ はくじょーだったんだよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
生れたときから一刻だって、放れたことのないお前ばかり可愛くて、三十年近くも別れていた忠太郎には、どうしてだか情がうつらない。
<ruby>生<rt>うま</rt></ruby>れたときから<ruby>一刻<rt>いっとき</rt></ruby>だって、<ruby>放<rt>はな</rt></ruby>れたことのないお<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>ばかり<ruby>可愛<rt>かわい</rt></ruby>くて、三十<ruby>年<rt>ねん</rt></ruby><ruby>近<rt>ちか</rt></ruby>くも<ruby>別<rt>わか</rt></ruby>れていた<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>には、どうしてだか<ruby>情<rt>じょう</rt></ruby>がうつらない。
うまれた ときから いっときだって、 はなれた ことの ない おまえばかり かわいくて、 30ねん ちかくも わかれて いた ちゅーたろーにわ、 どーしてだか じょーが うつらない。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 厭。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby><ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>。
おとせ いや。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
厭。
<ruby>厭<rt>いや</rt></ruby>。
いや。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おんなじおッかさんの子じゃありませんか。
おんなじおッかさんの<ruby>子<rt>こ</rt></ruby>じゃありませんか。
おんなじ おっかさんの こじゃ ありませんか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま だから堪忍おしと詫まってるんだよ。
おはまだから<ruby>堪忍<rt>かんにん</rt></ruby>おしと<ruby>詫<rt>あや</rt></ruby>まってるんだよ。
おはま だから かんにん おしと あやまってるんだよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
あたしは男勝りといわれ、自分でもそう思っていたが、これが何で男勝りか、我ながら情ない気になっていたんだ。
あたしは<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby><ruby>勝<rt>まさ</rt></ruby>りといわれ、<ruby>自分<rt>じぶん</rt></ruby>でもそう<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>っていたが、これが<ruby>何<rt>なん</rt></ruby>で<ruby>男<rt>おとこ</rt></ruby><ruby>勝<rt>まさ</rt></ruby>りか、<ruby>我<rt>われ</rt></ruby>ながら<ruby>情<rt>なさけ</rt></ruby>ない<ruby>気<rt>き</rt></ruby>になっていたんだ。
あたしわ おとこ まさりと いわれ、 じぶんでも そー おもって いたが、 これが なんで おとこ まさりか、 われながら なさけない きに なって いたんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 おふみ、急いで兄さんを呼んであげて、ね、ね。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>おふみ、<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>いで<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんを<ruby>呼<rt>よ</rt></ruby>んであげて、ね、ね。
おとせ おふみ、 いそいで にいさんを よんで あげて、 ね、 ね。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ (貰い泣きをしていたが)え。
おふみ(<ruby>貰<rt>もら</rt></ruby>い<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>きをしていたが)え。
おふみ (もらいなきを して いたが) え。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(直ぐに急いで去る)
(<ruby>直<rt>す</rt></ruby>ぐに<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>いで<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(すぐに いそいで さる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま お前の心に対してもおッかさんは恥かしい。
おはまお<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>の<ruby>心<rt>こころ</rt></ruby>に<ruby>対<rt>たい</rt></ruby>してもおッかさんは<ruby>恥<rt>はず</rt></ruby>かしい。
おはま おまえの こころに たいしても おっかさんわ はずかしい。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
思いがけない死んだとばかり思っていた忠太郎が名乗って来たので、始めの内は騙りだと思って用心し、中頃は家の身代に眼をつけて来たと疑いが起り、終いには――終いにはお前の行く末に邪魔になると思い込んで、突ッぱねて帰してやったんだが――お登世や、あたしゃお前の親だけれど、忠太郎にも親なんだ、二人ともおんなじに可愛い筈なのに何故、何故お前ばかりが可愛いのだろう。
<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>いがけない<ruby>死<rt>し</rt></ruby>んだとばかり<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>っていた<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>が<ruby>名乗<rt>なの</rt></ruby>って<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たので、<ruby>始<rt>はじ</rt></ruby>めの<ruby>内<rt>うち</rt></ruby>は<ruby>騙<rt>かた</rt></ruby>りだと<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>って<ruby>用心<rt>ようじん</rt></ruby>し、<ruby>中頃<rt>なかごろ</rt></ruby>は<ruby>家<rt>うち</rt></ruby>の<ruby>身代<rt>しんだい</rt></ruby>に<ruby>眼<rt>め</rt></ruby>をつけて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たと<ruby>疑<rt>うたが</rt></ruby>いが<ruby>起<rt>おこ</rt></ruby>り、<ruby>終<rt>しま</rt></ruby>いには――<ruby>終<rt>しま</rt></ruby>いにはお<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>の<ruby>行<rt>ゆ</rt></ruby>く<ruby>末<rt>すえ</rt></ruby>に<ruby>邪魔<rt>じゃま</rt></ruby>になると<ruby>思<rt>おも</rt></ruby>い<ruby>込<rt>こ</rt></ruby>んで、<ruby>突<rt>つ</rt></ruby>ッぱねて<ruby>帰<rt>かえ</rt></ruby>してやったんだが――お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>や、あたしゃお<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>の<ruby>親<rt>おや</rt></ruby>だけれど、<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>にも<ruby>親<rt>おや</rt></ruby>なんだ、<ruby>二人<rt>ふたり</rt></ruby>ともおんなじに<ruby>可愛<rt>かわい</rt></ruby>い<ruby>筈<rt>はず</rt></ruby>なのに<ruby>何故<rt>なぜ</rt></ruby>、<ruby>何故<rt>なぜ</rt></ruby>お<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>ばかりが<ruby>可愛<rt>かわい</rt></ruby>いのだろう。
おもいがけない しんだとばかり おもって いた ちゅーたろーが なのって きたので、 はじめの うちわ かたりだと おもって よーじん し、 なかごろわ うちの しんだいに めを つけて きたと うたがいが おこり、 しまいにわ -- しまいにわ おまえの ゆくすえに じゃまに なると おもいこんで、 つっぱねて かえして やったんだが -- おとせや、 あたしゃ おまえの おやだけれど、 ちゅーたろーにも おやなんだ、 ふたりとも おんなじに かわいい はずなのに なぜ、 なぜ おまえばかりが かわいいのだろー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お登世 家の身代なんか、兄さんにあげたっていいじゃないの、あたしは赤ン坊の時から可愛がられて来たのに、兄さんは屹とそうじゃなかったんでしょう。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby><ruby>家<rt>うち</rt></ruby>の<ruby>身代<rt>しんだい</rt></ruby>なんか、<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんにあげたっていいじゃないの、あたしは<ruby>赤<rt>あか</rt></ruby>ン<ruby>坊<rt>ぼう</rt></ruby>の<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>から<ruby>可愛<rt>かわい</rt></ruby>がられて<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たのに、<ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんは<ruby>屹<rt>きっ</rt></ruby>とそうじゃなかったんでしょう。
おとせ うちの しんだいなんか、 にいさんに あげたって いいじゃ ないの、 あたしわ あかんぼーの ときから かわいがられて きたのに、 にいさんわ きっと そーじゃ なかったんでしょー。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (泣き入る)
おはま(<ruby>泣<rt>な</rt></ruby>き<ruby>入<rt>い</rt></ruby>る)
おはま (なきいる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おふみ (引返し来る)もう駄目なんでした。
おふみ(<ruby>引返<rt>ひきかえ</rt></ruby>し<ruby>来<rt>く</rt></ruby>る)もう<ruby>駄目<rt>だめ</rt></ruby>なんでした。
おふみ (ひきかえし くる) もー だめなんでした。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
下足さんや出前さんに駆けて行って貰ったのですけれど。
<ruby>下足<rt>げそく</rt></ruby>さんや<ruby>出前<rt>でまえ</rt></ruby>さんに<ruby>駆<rt>か</rt></ruby>けて<ruby>行<rt>い</rt></ruby>って<ruby>貰<rt>もら</rt></ruby>ったのですけれど。
げそくさんや でまえさんに かけて いって もらったのですけれど。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (決意する)そうかい、いいよ。
おはま(<ruby>決意<rt>けつい</rt></ruby>する)そうかい、いいよ。
おはま (けつい する) そーかい、 いいよ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
今度は此方から忠太郎を探し出して、どんなことをしても、もう一度母子三人で会わなくちゃならない、おふみ、頭のところへ、だれか大急ぎで呼びにやっておくれ。
<ruby>今度<rt>こんど</rt></ruby>は<ruby>此方<rt>こっち</rt></ruby>から<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>を<ruby>探<rt>さが</rt></ruby>し<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>して、どんなことをしても、もう一<ruby>度<rt>ど</rt></ruby><ruby>母子<rt>ははこ</rt></ruby>三<ruby>人<rt>にん</rt></ruby>で<ruby>会<rt>あ</rt></ruby>わなくちゃならない、おふみ、<ruby>頭<rt>かしら</rt></ruby>のところへ、だれか<ruby>大急<rt>おおいそ</rt></ruby>ぎで<ruby>呼<rt>よ</rt></ruby>びにやっておくれ。
こんどわ こっちから ちゅーたろーを さがしだして、 どんな ことを しても、 もー 1ど ははこ 3にんで あわなくちゃ ならない、 おふみ、 かしらの ところえ、 だれか おおいそぎで よびに やって おくれ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(急いで去る)
(<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>いで<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(いそいで さる)
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お登世 あたし、みんなを指図して、もう一度兄さんを探させて見ます。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>あたし、みんなを<ruby>指図<rt>さしず</rt></ruby>して、もう一<ruby>度<rt>ど</rt></ruby><ruby>兄<rt>にい</rt></ruby>さんを<ruby>探<rt>さが</rt></ruby>させて<ruby>見<rt>み</rt></ruby>ます。
おとせ あたし、 みんなを さしず して、 もー 1ど にいさんを さがさせて みます。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
(急いで去る)
(<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>いで<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(いそいで さる)
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 (廊下へ来たる)おかみさん。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>(<ruby>廊下<rt>ろうか</rt></ruby>へ<ruby>来<rt>き</rt></ruby>たる)おかみさん。
ぜんざぶろー (ろーかえ きたる) おかみさん。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま 板前さんか。
おはま<ruby>板前<rt>いたまえ</rt></ruby>さんか。
おはま いたまえさんか。
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何。
<ruby>何<rt>なに</rt></ruby>。
なに。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 ご免なさいまし。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>ご<ruby>免<rt>めん</rt></ruby>なさいまし。
ぜんざぶろー ごめん なさいまし。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
さッきの野郎のことなんですが。
さッきの<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>のことなんですが。
さっきの やろーの ことなんですが。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま あッ、見付かったの。
おはまあッ、<ruby>見付<rt>みつ</rt></ruby>かったの。
おはま あっ、 みつかったの。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 ヘッ、先刻の奴ですか。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>ヘッ、<ruby>先刻<rt>さっき</rt></ruby>の<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>ですか。
ぜんざぶろー へっ、 さっきの やつですか。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
まだ、見付かりゃしませんが。
まだ、<ruby>見付<rt>みつ</rt></ruby>かりゃしませんが。
まだ、 みつかりゃ しませんが。
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ご安心なさいまし旨いことになりました。
ご<ruby>安心<rt>あんしん</rt></ruby>なさいまし<ruby>旨<rt>うま</rt></ruby>いことになりました。
ごあんしん なさいまし うまい ことに なりました。
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悪い野郎ですけどこんな時の役には立つ素盲の金五郎が、またやって来ましてね、この一件を小耳に挟むと、止めるを肯かずに飛び出しましたが、此方が頼んだ訳ではなし、金五郎が勝手に買って出たのですから、おかみさんは高見で見物していれば後腐れなく片付きます。
<ruby>悪<rt>わる</rt></ruby>い<ruby>野郎<rt>やろう</rt></ruby>ですけどこんな<ruby>時<rt>とき</rt></ruby>の<ruby>役<rt>やく</rt></ruby>には<ruby>立<rt>た</rt></ruby>つ<ruby>素盲<rt>すめくら</rt></ruby>の<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>が、またやって<ruby>来<rt>き</rt></ruby>ましてね、この<ruby>一件<rt>いっけん</rt></ruby>を<ruby>小耳<rt>こみみ</rt></ruby>に<ruby>挟<rt>はさ</rt></ruby>むと、<ruby>止<rt>と</rt></ruby>めるを<ruby>肯<rt>き</rt></ruby>かずに<ruby>飛<rt>と</rt></ruby>び<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>しましたが、<ruby>此方<rt>こっち</rt></ruby>が<ruby>頼<rt>たの</rt></ruby>んだ<ruby>訳<rt>わけ</rt></ruby>ではなし、<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>が<ruby>勝手<rt>かって</rt></ruby>に<ruby>買<rt>か</rt></ruby>って<ruby>出<rt>で</rt></ruby>たのですから、おかみさんは<ruby>高見<rt>たかみ</rt></ruby>で<ruby>見物<rt>けんぶつ</rt></ruby>していれば<ruby>後腐<rt>あとくさ</rt></ruby>れなく<ruby>片付<rt>かたづ</rt></ruby>きます。
わるい やろーですけど こんな ときの やくにわ たつ すめくらの きんごろーが、 また やって きましてね、 この いっけんを こみみに はさむと、 とめるを きかずに とびだしましたが、 こっちが たのんだ わけでわ なし、 きんごろーが かってに かって でたのですから、 おかみさんわ たかみで けんぶつ して いれば あとくされ なく かたづきます。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
後腐れといえば金五郎の方だが、此奴はあッしの親分に口をきいて貰い、五両か十両で片付けます。
<ruby>後腐<rt>あとくさ</rt></ruby>れといえば<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>の<ruby>方<rt>ほう</rt></ruby>だが、<ruby>此奴<rt>こいつ</rt></ruby>はあッしの<ruby>親分<rt>おやぶん</rt></ruby>に<ruby>口<rt>くち</rt></ruby>をきいて<ruby>貰<rt>もら</rt></ruby>い、五<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>か十<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>で<ruby>片付<rt>かたづ</rt></ruby>けます。
あとくされと いえば きんごろーの ほーだが、 こいつわ あっしの おやぶんに くちを きいて もらい、 5りょーか 10りょーで かたづけます。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
おはま (色を変じて)えッ。
おはま(<ruby>色<rt>いろ</rt></ruby>を<ruby>変<rt>へん</rt></ruby>じて)えッ。
おはま (いろを へんじて) えっ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
忠太郎を見付けて一体どう――。
<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>を<ruby>見付<rt>みつ</rt></ruby>けて<ruby>一体<rt>いったい</rt></ruby>どう――。
ちゅーたろーを みつけて いったい どー --。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
善三郎 (怪しみながら)そんな騙りは腕か脛の一本も叩き折り、二度と夜迷い言をいってこねえようにすると云ってましたが。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>(<ruby>怪<rt>あや</rt></ruby>しみながら)そんな<ruby>騙<rt>かた</rt></ruby>りは<ruby>腕<rt>うで</rt></ruby>か<ruby>脛<rt>すね</rt></ruby>の一<ruby>本<rt>ぽん</rt></ruby>も<ruby>叩<rt>たた</rt></ruby>き<ruby>折<rt>お</rt></ruby>り、二<ruby>度<rt>ど</rt></ruby>と<ruby>夜迷<rt>よま</rt></ruby>い<ruby>言<rt>ごと</rt></ruby>をいってこねえようにすると<ruby>云<rt>い</rt></ruby>ってましたが。
ぜんざぶろー (あやしみながら) そんな かたりわ うでか すねの 1ぽんも たたきおり、 2どと よまいごとを いって こねえよーに すると いってましたが。
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善三郎 えッ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>えッ。
ぜんざぶろー えっ。
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そいつあ困った。
そいつあ<ruby>困<rt>こま</rt></ruby>った。
そいつあ こまった。
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金五郎の奴は性の悪い浪人と一緒でしたが、そいつなら居どころを知ってるといってましたが。
<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>の<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>は<ruby>性<rt>しょう</rt></ruby>の<ruby>悪<rt>わる</rt></ruby>い<ruby>浪人<rt>ろうにん</rt></ruby>と<ruby>一緒<rt>いっしょ</rt></ruby>でしたが、そいつなら<ruby>居<rt>い</rt></ruby>どころを<ruby>知<rt>し</rt></ruby>ってるといってましたが。
きんごろーの やつわ しょーの わるい ろーにんと いっしょでしたが、 そいつなら いどころを しってると いってましたが。
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おはま ああ、どんなことになるか知れやしない。
おはまああ、どんなことになるか<ruby>知<rt>し</rt></ruby>れやしない。
おはま ああ、 どんな ことに なるか しれや しない。
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善三郎 困ったなあ。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby><ruby>困<rt>こま</rt></ruby>ったなあ。
ぜんざぶろー こまったなあ。
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その浪人の奴が金五郎に三両で引受けさせろと強請んでいたが。
その<ruby>浪人<rt>ろうにん</rt></ruby>の<ruby>奴<rt>やつ</rt></ruby>が<ruby>金五郎<rt>きんごろう</rt></ruby>に三<ruby>両<rt>りょう</rt></ruby>で<ruby>引受<rt>ひきう</rt></ruby>けさせろと<ruby>強請<rt>せが</rt></ruby>んでいたが。
その ろーにんの やつが きんごろーに 3りょーで ひきうけさせろと せがんで いたが。
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おはま 駕籠をいわせておくれ、三枚だよ、あたしゃ直ぐ出かけるんだ。
おはま<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>をいわせておくれ、三<ruby>枚<rt>まい</rt></ruby>だよ、あたしゃ<ruby>直<rt>す</rt></ruby>ぐ<ruby>出<rt>で</rt></ruby>かけるんだ。
おはま かごを いわせて おくれ、 3まいだよ、 あたしゃ すぐ でかけるんだ。
長谷川伸/瞼の母/mabutano.txt
お前さんも行っておくれ。
お<ruby>前<rt>まえ</rt></ruby>さんも<ruby>行<rt>い</rt></ruby>っておくれ。
おまえさんも いって おくれ。
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善三郎 え、え。
<ruby>善三郎<rt>ぜんざぶろう</rt></ruby>え、え。
ぜんざぶろー え、 え。
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参ります。
<ruby>参<rt>まい</rt></ruby>ります。
まいります。
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(急ぎ去る)
(<ruby>急<rt>いそ</rt></ruby>ぎ<ruby>去<rt>さ</rt></ruby>る)
(いそぎ さる)
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おはま (外出の支度をする。
おはま(<ruby>外出<rt>がいしゅつ</rt></ruby>の<ruby>支度<rt>したく</rt></ruby>をする。
おはま (がいしゅつの したくを する。
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有り金を体につける)
<ruby>有<rt>あ</rt></ruby>り<ruby>金<rt>がね</rt></ruby>を<ruby>体<rt>からだ</rt></ruby>につける)
ありがねを からだに つける) ≪
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雨が強く降り出す。
<ruby>雨<rt>あめ</rt></ruby>が<ruby>強<rt>つよ</rt></ruby>く<ruby>降<rt>ふ</rt></ruby>り<ruby>出<rt>だ</rt></ruby>す。
あめが つよく ふりだす ≪
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お登世 (力なく引返し来る)あら、どうしたの。
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>(<ruby>力<rt>ちから</rt></ruby>なく<ruby>引返<rt>ひきかえ</rt></ruby>し<ruby>来<rt>く</rt></ruby>る)あら、どうしたの。
おとせ (ちから なく ひきかえし くる) あら、 どー したの。
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おはま お登世や、忠太郎が。
おはまお<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>や、<ruby>忠太郎<rt>ちゅうたろう</rt></ruby>が。
おはま おとせや、 ちゅーたろーが。
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(囁く)
(<ruby>囁<rt>ささや</rt></ruby>く)
(ささやく)
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お登世 (驚愕する)
お<ruby>登世<rt>とせ</rt></ruby>(<ruby>驚愕<rt>きょうがく</rt></ruby>する)
おとせ (きょーがく する)
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おはま 駕籠はまだかい。
おはま<ruby>駕籠<rt>かご</rt></ruby>はまだかい。
おはま かごわ まだかい。
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